【高校野球】大阪桐蔭のエース・川本晴大はなぜ攻略されたのか? 明石商が仕掛けた「内角封じ」と14四死球の真相 (2ページ目)
なぜ修正できなかったのか。
「ピンチになる場面がすごく多かったので、ムキになって力が入ってしまったのもあったと思います」
フォームだけでなく、気持ちのコントロールにも問題があったと振り返った。
この秋、川本の投球を見るのはこれで4試合目だったが、確かにそれまでの3試合とは違って見えた。本人が口にしたとおり、体の回転が横振りになり、リリースの位置もやや低く感じられた。
【わずか2週間で何が変わったのか】
この2週間前、近畿大会初戦の龍谷大平安戦では、8回、99球を投げ、2安打、7奪三振、2四球という内容だった。試合後、記者に囲まれた川本は、明るい表情でこう話していた。
「今日はボールが指にかかっていましたし、上半身、下半身のバランスもよくて、球数も抑えられた。そういう意味では、新チームになって一番よかったかなと思います」
その2週間後、同じ近畿大会で、まさかそれを大きく上回る161球を投げることになるとは、本人も想像していなかっただろう。
その龍谷大平安戦のあと、川本はフォームのバランスを確認するバロメーターにもなるというカーブについて、積極的に語っていた。実際、龍谷大平安戦では落差のあるカーブがよく決まっていた。そのことを思い出し、今回もカーブを使って修正を図ろうとしたのか尋ねてみた。
「カーブを投げてフォームを修正しようと思ったんですけど、できませんでした」
初回から3四球を与える一方、3三振を奪い、39球を要した。何とか無失点で切り抜けたものの、この日の苦しい投球を暗示するような立ち上がりだった。
「あそこを乗り越えて持ち直してくれたら......と思ったんですけど」
西谷監督もそう振り返ったが、指揮官の期待どおりにはならず、その後も苦しい投球が続いた。
近畿大会初戦から準々決勝までの2週間に、調子を崩す何かがあったのだろうか。
「いえ、そこは何もなくて順調だったんですけど。ただ、今朝ブルペンに入ったら感覚があまりよくなくて。試合前から上半身が開いて、下半身とうまく連動していなかったので、試合中もマエケン体操をしたりとかもしたんですけど......」
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