【夏の甲子園2026】大谷翔平の母校・花巻東が「オール岩手」から大転換 県外出身者、海外からの留学生が続々入部 (2ページ目)
あれから14年の時が経ち、時代は変わりつつある。野球留学生に対する世間の風当たりは、やわらいできたように感じる。
地元選手が集まるチームも、越境入学生が集まるチームも、「その土地を選んだ」という意味では共通している。越境入学生が集まること自体、「他地域の中学生から選ばれる魅力がある」証しでもある。
花巻東の門戸開放は、岩手の魅力を全国へ、そして世界へ発信することにもつながっていく。
【ドイツからの留学生も入部】
それでは、実際に高校生活を送る選手たちは、どんな実感を得ているのだろうか。
花巻東の背番号9をつけ、内外野をこなせるユーティリティプレーヤーの大和田瞬平(3年)は、岩手県出身。入学当初は「どうなるのかな?」と不安もあったと明かす。
「自分の同期から県外出身者が増えてきて、1学年下からかなり割合が増えました。最初は関西弁を間近で聞いたことがなかったので、ちょっとビックリでした。方言があまり聞き取れないこともあって、戸惑いました。自分は今まで県外の人と関わったことがなかったんですけど、いろんな地域からいろんな性格の人が集まってきて、『面白いな』と感じるようになりました」
アメリカ・カリフォルニア州から入学した宇野太陽(1年)とは、学校生活では英語でコミュニケーションをとることもある。世界で通用する語学力を身につけるためだ。大和田も「なるべく英語で会話をしようとしています」と証言する。
ドイツ・ミュンヘンから半年間の予定で留学したマイヤー拓(2年)という選手もいた。大和田は「マイヤーはまったく日本語を話せないわけではないですが、こちらが教えるなどして交流していました」と語る。
岩手にいながら、さまざまな国と地域で育った人間と交流できる。開かれた高校生活を過ごしているわけだ。
そもそも「オール岩手」時代から、さまざまな人材が集う土壌はできていた。岩手と一口に言っても、本州最大の面積を誇る県なのだ。同じ岩手県出身でも、内陸部と沿岸部では雰囲気や言葉が微妙に異なると大和田は言う。
「自分は内陸部出身なんですけど、沿岸部出身の人は何となく雰囲気や言葉のイントネーションが違うので、すぐに『沿岸部出身だな』とわかります」
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