【高校野球】「下剋上球児」の奇跡は終わらない 廃校寸前、16年連続初戦敗退だった昴学園が三重王者として迎える夏
今春、三重の高校野球界でまばゆい光を放つ"星団"が現れた。
その名も昴学園。春の三重大会で鈴鹿、明野、津商といった甲子園出場経験校を次々に撃破し、初優勝を飾っている。
8年前、三重・白山高校を甲子園初出場へと導いた東拓司 photo by Takahiro Kikuchiこの記事に関連する写真を見る
【赴任4年目で春の大会制覇】
昴学園という学校名だけを見ると新興私学に思えるかもしれないが、三重県多気郡大台町にある県立高校であり、原則全寮制の総合学科という、全国的にも珍しい形態を取っている。
躍進の背景を語るには、ある監督の存在を抜きにできない。同校に赴任して4年目の東拓司(ひがし・たくし)監督である。
東監督は昴学園の選手たちを見つめながら、苦笑交じりにこう漏らした。
「ここも中学時代に2番手だった選手ばかりです。あの選手なんか、中学時代は不登校やったけど、今はウチで試合に出てますから。ようやってますよ」
前任校の白山では、10年連続で夏の三重大会初戦敗退だった弱小校を甲子園出場に導いた。その実話を記した書籍『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)は、2023年にTBS日曜劇場でドラマ化された(テレビドラマ版はフィクションのオリジナルストーリー)。
昴学園も一時は廃校寸前と言われ、野球部も16年連続で夏の三重大会初戦敗退という惨状だった。東監督や前任の高橋賢監督(現・四日市西高)の奔走で部員が集まるようになり、今や3学年で90人の選手が腕を競っている。
主将を務める郁島晴渡は、神奈川県横浜市出身。昴学園に進学した理由を聞くと、こう説明した。
「中学時代(横浜瀬谷ボーイズ)の対戦相手の監督さんが昴学園の存在を教えてくださって、杉山監督(千春/当時)に勧めてもらいました。練習の雰囲気がよくて、寮とグラウンドが近くて、野球に打ち込めると感じました。その時にちょうど『下剋上球児』のドラマを見て、自分のなかで昴学園に行くのが確定した感じです」
ドラマの影響は大きい。エース右腕の石川大介(おおすけ)は、東監督についてこう語る。
「ドラマで見た鈴木亮平さんみたいに、選手のことをしっかりと思ってくれる監督さんです。東先生に教えてもらったからこそ、自分たちはここまで上がってこられたと感じています」
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著者プロフィール
菊地高弘 (きくち・たかひろ)
1982年生まれ。野球専門誌『野球小僧』『野球太郎』の編集者を経て、2015年に独立。プレーヤーの目線に立った切り口に定評があり、「菊地選手」名義で上梓した『野球部あるある』(集英社/全3巻)はシリーズ累計13万部のヒット作になった。その他の著書に『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない! 野球留学生ものがたり』(インプレス)『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)など多数。












