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大阪桐蔭の「裏キャプテン」として森友哉を支えた久米健夫が再会を果たし、専属トレーナーになるまで (3ページ目)

  • 谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro

大阪桐蔭のチームメイトと 写真は本人提供大阪桐蔭のチームメイトと 写真は本人提供この記事に関連する写真を見る その言葉どおり、関西大では1年春から正捕手となり、明治神宮野球大会に3回出場。4年時には主将も務め、卒業後は社会人野球の東京ガスでプレー。ここで、その後の道を決める大きな出会いがあった。そしてその出会いをきっかけに、森との距離も再び縮まっていくことになる。

【一緒に大阪へ来てくれへんか】

 社会人3年目、トレーナーとしてチームに加入してきた中田史弥との出会いだった。現在は鈴木誠也(カブス)のパーソナルトレーナーとしても活動する中田は、父・佳和が設立し、姿勢やバランスに着目したコンディショニング指導で知られる株式会社「Bright Body」(京都府宇治市)の教えをベースに持つ人物である。

 その中田が、久米にこう声をかけた。

「効率、悪くない? 違うやり方も試してみたら?」

 当時の久米はバッティングのレベルアップを課題に、誰よりもバットを振っていた。しかし結果は出ず、内容も変わらない。そんな状況にあった。中田はさらに、「自分の体を扱えるようになれば、バットもボールも扱えるようになるよ」とアドバイスした。

 藁(わら)にもすがる思いだった久米は、それ以降、打席で構えた際の立ち姿勢や、片足で立ったときのバランスを強く意識。整えるための動きも取り入れながら調整を重ねていった。すると、驚くほどバッティングの感覚や中身が変わっていったという。

「まったく自分にはなかった発想で、本当に驚きました。それまでの僕はバランスの悪さに気づかないまま、ただひたすらバットを振っていました。でも、振る以前の問題を解決したことで、それまで取り組んできたことがかみ合い、バッティングが変わったんです。21年で現役は引退しましたが、中田さんと出会って、『このアプローチは面白い!』と一気に興味が湧きました」

 引退後は社業に1年携わりながら、合間を縫って中田からアドバイスを受け、トレーニングについて学んだ。次第に進むべき道がぼんやりと見え始めた頃、再び盟友・森との接点が生まれることになる。

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