「木内マジック」を知り尽くす元常総学院監督・佐々木力が郁文館の指揮官として挑む甲子園への道 (2ページ目)
「自分たちの代は1年生の時からレギュラーで6人ぐらい出ていたので、3年計画で甲子園に行って上位を目指そうというのがあったと思います。木内監督はチーム内で左右の横手投げや下手投げなど、全員違うタイプを揃えて打撃投手をやらせるんです。だから練習試合や大会でも、『この投手は石田文樹タイプ(元横浜、本格派右腕)』『この投手は柏葉勝己タイプ(変則左腕)』という具合に、◯◯タイプでいこうと言いながら攻略していきました」
決勝の相手は夏連覇を狙うPL学園(大阪)。マウンドには、2年生エースの桑田真澄(元巨人ほか)が上がっていた。夏の大会前に水戸で行なわれた招待試合では、わずか1安打に抑えられ、0対13で大敗。清原和博(元西武ほか)との「KKコンビ」に、圧倒的な差を見せつけられた。
「招待試合ではボールの切れ、カーブの落差を見てあれは打てないなと思いました。それ以来、みんな少しバットを短く持って、コンパクトに打つとか、反省が少しずつあった試合でもありました」
【普通の公立校がPL学園に勝利】
ただ、3連投だった桑田には、明らかに疲労の色が見えた。初回一死、2番打者だった佐々木さんは、初球の直球を強振。真芯に当たったライトライナーに、ベンチで「今日はバットに当たるな。大丈夫じゃねぇか」と感触を伝えた。その直後、連打に失策が絡み、幸先良く2点を先制した。
「これは勝てっかなぁ、というのがベンチのなかでありましたね。木内さんは自分たちの代で終わる(同年秋に常総学院監督に就任)というのはわかっていましたし『桑田、清原はお前らの一個下なんだかんな。このチームに勝てば孫の代まで言えっぺ!』という言葉に火をつけられたというのはありました」
桑田は疲労に加え、中指の血豆が潰れていたこともあり、いつもの球威とはほど遠く、7回までに4対1とリードしていた。しかし、8回裏に2点を失うと、9回裏には石田が1番の清水哲に同点本塁打を被弾。流れは一気にPLに傾くかに思われた。しかし、延長戦に入り、足取り重くベンチへ帰るナインに、木内さんはこうアドバイスした。
「試合を早く終わらせようとすると焦りが出る。早く勝負を決めようとすんな」
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