センバツでも熾烈な情報戦 阿南光の好投手・吉岡暖×豊川の強打者・モイセエフが繰り広げた駆け引き
高校野球は水面下で情報戦が繰り広げられている。甲子園の組み合わせ抽選会が終わると、どのチームも対戦相手の映像探しに躍起になる。
以前、ある監督が冗談めかしてこんなことを言っていた。
「ウチは明治神宮大会に出たから、映像が出回って丸裸にされちゃいますよ」
前年秋に開催される明治神宮大会は、地区大会を優勝した10校でトーナメント戦を戦い、インターネットメディアで無料ライブ中継される。どの出場校にとっても録画しやすく、対策を立てるうえで貴重なデータになる。
その意味では、明治神宮大会に出場しているセンバツ出場校はひとつハンディを背負っていると言えるかもしれない。
モイセエフに本塁打を浴びたが、3三振を奪った阿南光・吉岡暖 photo by Ohtomo Yoshiyukiこの記事に関連する写真を見る
【神宮大会で露呈したモイセエフの弱点】
昨秋の明治神宮大会では、こんな出来事があった。豊川(愛知)と高知(高知)の一戦、豊川の注目選手であるモイセエフ・ニキータは、高知の先発右腕・辻井翔大から執拗に膝元のスライダーで攻められた。昨秋に公式戦17試合でわずか2回しか三振をしなかったモイセエフだが、辻井との初対決ではあえなく空振り三振に終わっている。
試合後に聞くと、辻井はモイセエフのある弱点を語っていた。
「インコースのスライダー系に接点がないスイング軌道に見えました」
その後も内角に落ちるスライダーの前に、モイセエフは苦しめられた。3打席目にようやく対応して二塁打を放ったものの、高知の攻めに苦戦した印象は強く刷り込まれた。
センバツに出場するチームはみな、この試合映像を入手できたはず。一方でモイセエフも「センバツでは膝元のスライダーで攻められるだろう」という想定をしていたという。
「変化球から入ってくるだろうし、三振も変化球で狙ってくるのだろうな、という想定はしていました」
3月19日、豊川と初戦で対戦したのは阿南光(徳島)である。エース右腕の吉岡暖(はる)は最速146キロの快速球を持つだけでなく、カットボールやスライダーも投げられる。好投手の吉岡に対してモイセエフがどんな対応を見せるのか、大きな焦点になった。
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著者プロフィール
菊地高弘 (きくち・たかひろ)
1982年生まれ。野球専門誌『野球小僧』『野球太郎』の編集者を経て、2015年に独立。プレーヤーの目線に立った切り口に定評があり、「菊地選手」名義で上梓した『野球部あるある』(集英社/全3巻)はシリーズ累計13万部のヒット作になった。その他の著書に『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない! 野球留学生ものがたり』(インプレス)『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)など多数。