トヨタ自動車・嘉陽宗一郎がプロではなく「ミスター社会人」を目指す理由 (2ページ目)

  • 菊地高弘●文・写真 text & photo by Kikuchi Takahiro

 決然とした物言いに、嘉陽の強い意志が滲んでいた。二の句を待つ。

「僕自身、3年目が終わった時点で、ないな......と。はい。3年目は僕的にはよくて、『これで行けなかったら無理だ』と思ってしまって。そこからは、考えなくなったという感じです」

 大前提として書いておきたいのは、「プロに行くことがすべてではない」ということだ。それぞれに仕事もあれば家庭もある。仮にプロに行けなかった(行かなかった)としても、社業で活躍する道もある。日本には社会人野球という独自の文化があり、都市対抗という大観衆の前でプレーできるビッグイベントもあるのだ。

【第二の佐竹功年を目指す】

 それでも、嘉陽の場合は今になって旬を迎え、まだ進化の余地を残しているようにも見える。アスリートとしてより高いステージで見てみたいという思いから、もう少し掘り下げて心境を聞いてみた。

── 嘉陽投手は4年目以降もよくなっていますが、これから投手としてどうなっていきたいですか?

嘉陽 個人の目標はないです。都市対抗で優勝して、トヨタに恩返ししたい。その思いだけでやっていますね。

── 3年目の時点でプロへの思いを断ったということですが、4年目以降にプロ球団からの調査書は届きましたか?

嘉陽 いえ、一切来てないです。ウチには若い子がいっぱいいるんで(笑)、そういう子を見てもらえたら。

 身近に偉大な目標もいる。今年10月で40歳になる佐竹功年(かつとし)だ。入社18年目にして投げ続ける、169センチの小さな大投手。嘉陽は「ストイックで常に野球中心の生活を送っている」と佐竹の偉大さを語りつつ、こう続けた。

「チームで第二の佐竹さんみたいな存在が出てこないといけないですし、僕もそういう存在にならないといけないなと」

 囲み取材の輪が解けたあとも食い下がるように質問を重ねてみたが、嘉陽の社会人で骨を埋める決意は固いようだった。最後に嘉陽は笑顔で「社会人で無双します」と話して、トヨタの応援団が待つ球場出口に向かった。

「ミスター社会人」の称号を手に入れられる存在は、歴史的に数えられるほどしかいない。その挑戦も称えられてしかるべきなのだ。

 それでも......。心のどこかで、「どうしても嘉陽くんが必要です」と口説きにかかる球団がないかと密かに期待してしまう自分がいる。

プロフィール

  • 菊地高弘

    菊地高弘 (きくち・たかひろ)

    1982年生まれ。野球専門誌『野球小僧』『野球太郎』の編集者を経て、2015年に独立。プレーヤーの目線に立った切り口に定評があり、「菊地選手」名義で上梓した『野球部あるある』(集英社/全3巻)はシリーズ累計13万部のヒット作になった。その他の著書に『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない! 野球留学生ものがたり』(インプレス)『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)など多数。

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