大阪桐蔭が9回2死からの逆転劇。「何かをやってくれる男」がサイクル安打で奇跡を起こした (4ページ目)

  • 田口元義●文 text by Taguchi Genki
  • photo by Okazawa Katsuro

 三塁側アルプススタンドでは、大阪桐蔭応援団がチャンステーマのテンポを上げていく。気温35度に迫る猛暑のなか、応援団長の今宗憲は「絶対に逆転する!」と水分も摂らず、声を張り上げていた。

 この好機に、長澤は7回からマウンドに上がっていた和田友貴彦をそのまま打席に送った。「代打じゃないのか?」とベンチで訝しがる選手がいたし、なにより和田自身「オレ、打つんだ」と思ったという。

 ブルペンでは3番手の野崎厚が控えており、ピッチャーを使い果たしたわけではない。「切れるカードは切る」と言っていた指揮官だが、和田にすべてを託した。

「あの時は流れでそのまま和田をいかせてしまいまして......。負けていたら監督の責任でしたね」

 主将の玉山雅一が分析するに、長澤は「勝負勘のさえる監督」であり、「選手とノリノリになれる監督」でもあるという。おそらく指揮官としては、この流れを止めたくなかったのだろう。

 和田は2ボールからの3球目、ストレートに詰まりながらもセンターにしぶとく転がし、期待に応えた。白石と足立が逆方向に打ったことで、秋田のセカンドは一塁寄りに守備位置を変えていた。本来ならセカンドゴロになっていた可能性のある打球が、安打という結果を生んだ。

 9回二死ランナーなしから怒涛の4連打で同点。積み重ねてきたシート打撃の成果が、この大舞台で発揮されたわけだが、それは攻撃だけではなかった。

 延長10回裏、大阪桐蔭は二死二塁とサヨナラのピンチを迎えた。ここでセンターを守る玉山はレフト寄りに前進守備を敷いた。迎える左打者の佐藤幸彦はこの試合で2安打しているが、いずれも逆方向。「ヒットでも引っ張りはないし、弱い打球の可能性がある」と判断してのことだった。そう語る玉山の読みどおり、打球はセンター前に落ちた。セカンドランナーは迷わず三塁ベースを蹴った。

「あれは3年間で一番の送球やったんですよ。いつもなら絶対に暴投になるんですけどね」

 そう語る玉山の送球は、ホームベース上で待ち構えるキャッチャーの田中公隆のミットにワンバウンドで収まった。セカンドベース付近で主将の一世一代のバックホームを目の当たりにした澤村は「ミラクルや!」と唸った。

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