「無観客甲子園」の魔力と稀少なプレー。異例の夏に記者は見た (3ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Kyodo News

 また、グラウンドでは無観客試合ならではのプレーも見られた。山梨学院と白樺学園(北海道)の一戦で、不思議なシーンがあった。

 2対2の同点だった5回裏、無死三塁の場面で白樺学園の4番・片山楽生(らいく)がライトフライを放ち、三塁ランナーがタッチアップでホームに向かった。

 ところが、ランナーはなぜか本塁手前で踵(きびす)を返し、三塁ベースに戻る直前でタッチアウトになっている。三塁側ベンチから戦況を見つめた山梨学院の吉田洸二監督は、試合後にこんな裏話を明かしてくれた。

「あれは今回の交流試合だからこそ、起きたプレーです。ベンチからみんなで『今の(ランナーの離塁が)絶対に早い!』と叫んだ声がランナーに聞こえたから、三塁に戻ったのでしょう。応援があったら、あの声も聞こえていないですからね。レアなプレーだったと思います」

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 グラウンドやベンチの選手から聞こえる生きた声、グラブにボールが収まる乾いた音。例年の甲子園では聞こえなかったものが聞こえる。それも交流試合ならではの楽しみだった。

 だが、そんな貴重な体験ができるのは、ほんのひと握りの人間だけだった。私は人に伝えるための仕事として入場したものの、罪悪感はぬぐえなかった。楽しみを享受できる人間が限られているのはやはり寂しい。多くの人々とリアルに空間を共有することで生まれる、不思議な一体感がある。それがライブの魅力だと思うからだ。

 今回のイレギュラーな交流試合の開催は、遠い未来に「こんな甲子園もあったんだよ」と、語り継がれる昔話になればいい。そのためにも、あらためてコロナ禍の早期収束を願うしかない。大観衆にふくれ上がる甲子園球場のあの雰囲気は、日本固有の文化であり、財産なのだから。

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