済美の「オヨヨドォ~ス!」に大苦戦。
芸人ティモンディが「野球留学」を語る
ティモンディが語る済美への「野球留学」 前編
高校野球の世界では、越境入学生のことを「野球留学生」と呼ぶ。地元出身者中心で構成する高校が「ベビーフェイス(善玉)」なのに対して、野球留学生が中心の高校は「ヒール(悪玉)」扱いを受けることも珍しくない。心ないファンからは「ガイジン部隊」と野次を浴びることもある。
そんな野球留学生の悲哀を著書『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない!』(インプレス)で描いた筆者が、他県から愛媛の済美高校に野球留学した経験がある、人気若手芸人ティモンディの高岸宏行、前田裕太にインタビューを行なった。
高岸は2年時から控え投手兼野手のレギュラーとして活躍。前田も2年時から控え投手兼野手としてベンチ入りし、3年次は一塁コーチとして、夏の甲子園の愛媛県予選決勝(2010年)まで進んだチームを支えた。2人がその経験から得たものとは?
済美高校の野球部に所属していた、ティモンディの前田(左)と高岸(右)※インタビューは3月中に実施
――高岸さんは滋賀、前田さんは神奈川から愛媛の済美に進学していますが、なぜ済美を進学先に選んだのですか?
高岸 僕にはふるさとがふたつあるんです。ひとつは中学まで育った滋賀。もうひとつは、父方の実家があって生まれて1年くらいを過ごした愛媛です。少年の頃から春、夏、冬の休みはいつも愛媛に帰っていて、親戚の人も僕の野球を応援してくれていました。そこで「愛媛の高校から甲子園に出たい!」という思いが生まれたんです。甲子園のシーズンも、愛媛代表の済美や今治西さんを応援していたんです。
――もともと縁があったのですね。
高岸 はい。そんな中で済美から声をかけていただいたので、迷わず行ったという流れですね。
前田 高岸は「県外生」というより、地元生に近い感覚だったかもしれないね。
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