2019.08.31

六本木のバーテンダーから甲子園へ。
PL魂を受け継ぐ男の波乱万丈記

  • 井上幸太●文 text by Inoue Kota
  • photo by Inoue Kota

 この夏の甲子園に出場した49校の指導者のなかで、高校野球から一番遠いところに身を置いていた人間なのかもしれない。

 今から16年前、石見智翠館(島根)の部長を務める谷本暁彦(あきひこ)の姿は六本木のバーカウンターの奥にあった。

高岡商戦で9回に同点に追いつき選手たちとガッツポーズをする石見智翠館の谷本部長 名門・PL学園(大阪)出身。今夏、監督として津田学園(三重)を甲子園に導いた佐川竜朗らとともに、高校3夏の甲子園に出場した。卒業後は、日大、川崎製鉄千葉(現・JFE東日本)で野球を続けた。野球界の王道と言ってもいい輝かしい球歴を歩んでいたが、プレー中の違和感が谷本の歯車を狂わせる。

「イップスになってしまったんです。投げ方がわからなくなったのに、無理やり投げ続けるから、今度は肩と腰を痛めた。この時期は精神的にもまいっていましたね」

 野球部運営の予算の都合もあり、満足にプレーできない選手が長々と在籍することは難しい。シーズン終了後の面談で「上がって(引退して)くれ」と、現実を突きつけられた。

 社業に専念する選択肢もあったが、ここまで野球一筋で生きてきた身。その野球が満足にできなくなった今、「会社に残っても仕方がない」という思いが強く芽生えていた。

「環境を変えたい気持ちもありましたし、野球ができなくなった以上、頭のなかは『ここにいたくないな』という思いばかりになっていて……

 半ば衝動的に退職届を提出。次の仕事のあてもなく、東京の街をさまよっていると、引き寄せられるようにひとつの店が目に入った。

「麻布十番のレストランが目に止まりました。勢いで飛び込んで、『雇ってください!』と。各国の大使館の近くにあるような高級店で、いま思い返すと『よう飛び込んだな……』と自分でも思います。この時期の僕を知る友人たちからは『あの時のお前は本当にヤバかったぞ』と今でも言われるくらい、精神的にまいっていたからできたのかなとも思います」

 飛び込みでの修行希望の前例がなかった店側は困惑。しかし、最終的には真っ直ぐな眼差しで訴えかける谷本の情熱が勝った。当日中に採用が決定。そこから店のホールに出続け、接客を学んでいった。勤務開始から約半年が経過したころ、大学時代の先輩のひとりから「自分の事業に力を貸してほしい」と打診を受ける。