大阪桐蔭戦、履正社の大博打の舞台裏。緊迫の攻防に高校野球の原点がある (4ページ目)

  • 谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro
  • photo by Kyodo News

 大会前、主将として打倒・大阪桐蔭へのゲームプランを尋ねた際、濱内は「投手が5点以内に抑えてくれたらチャンスはある」と語っていた。結果は6点を失っての敗戦だった。

 試合後、岡田監督は穏やかな表情で何度も選手たちの頑張りを称えた。

「選手たちは120%の力を出してくれた。弱い、弱いと言われてきたチームが、本当によくやってくれました」

 結果的に、今回の敗戦で夏の大阪桐蔭戦は11連敗となった。しかし、濱内の先発だけでなく、攻撃でも積極的に仕掛け、下馬評を覆す戦いを見せた。劣勢予想のなか、最後まで攻めの姿勢を崩さなかった戦いは"履正社野球の原点"を思い起こさせた。試合後、岡田監督はこうも語っていた。

「高校野球は必死に食らいついていく泥臭さが大事だということを、彼らも気づいたんじゃないかな。ちょっとスマートに野球をしようというところもあったチームが、この大会はがむしゃらにやって、こういう戦いができましたから」

 その言葉は、どこか自分自身にも向けられているようにも感じた。

 履正社は、環境も整わないなか岡田が体ひとつでチームを鍛え上げ、全国屈指の強豪へと上り詰めた歴史がある。練習でも試合でも顔を真っ赤にし、選手を激しく鼓舞する指揮官の熱量こそ、チーム力を引き上げるなによりものエネルギーだった。

「初めの頃は、僕もとにかく必死やったですからね。PL学園、北陽、近大付、上宮......。まともにやったら手も足も出ない相手とどうやったら勝負になるのか。ああだこうだ考えて、それこそ試合のどこかで奇襲を仕掛けたり......。そういえば、あの頃はそんなこともやっていましたね」

 敗戦の弁は、いつしか20数年前の回想へと変わっていた。選手たちに気づきを与え、岡田監督にあの頃の気持ちを思い起こさせた大一番。これこそがこの一戦の持つ大きな意味だとすれば......一世一代の大博打からつながる101回目の夏が、今から楽しみでならない。

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