2018.04.17

プロ野球「最後のPL戦士」へ。
ドラフト候補・中川圭太の溢れる思い

  • 高橋博之●文 text by Takahashi Hiroyuki
  • 大友良行●写真 photo by Ohtomo Yoshiyuki

 2015年春、東洋大学に入学したばかりの中川圭太(二塁手)は練習しているとき、PL学園、東洋大と自分が歩んでいる道の先輩である今岡誠(現・真訪/ロッテ二軍監督)が高橋昭雄監督(現・総監督)のもとへ訪れていると聞いた。

 中川は小学生の頃に阪神ファンの親戚に連れられ、甲子園のスタンドから今岡を応援したことを覚えている。今岡はしびれるような状況の中、ファンの「打ってくれ」という思いに応えてヒットを重ねていた。大学時代は日本代表の一員としてアトランタ五輪に出場し、プロでも偉大な実績を残した今岡のような選手になりたいと、中川は思っていた。

プロも注目する強打の大型二塁手、東洋大・中川圭太

 中川があいさつに向かうと、目の前に憧れの先輩が立っていた。

「60期生の中川圭太です」

 中川はそれ以上の言葉を発しなかった。PL学園の野球部員は、あいさつするときに自分が何期生であるかを言う。また伝統として、後輩からあいさつ以外の言葉を発することはない。中川の言葉を借りると、「後輩から話しかけるなんて畏(おそ)れ多い」ため、先輩から話し始めるのを待つ。

 今岡は新入生の中川に、丁寧な口調でこう話した。

「高橋監督に学ぶことでさらに成長できると思うよ。僕はここでの4年間が財産になっている。これからの4年間、しっかりと野球に取り組んで財産にしてください」

 4年生になった中川は、その時の言葉を今でも反芻(はんすう)するという。

「大学野球は高校までとはまた違う厳しさがあります。最初はついていくだけで大変でしたが、それでも昨年は自分自身で成長を感じられるようになってきました。日米大学野球やユニバーシアードでも大学日本代表として試合に出られて、中学以来の代表選出は自信になりました」

 中川は小学1年のときに地元(大阪)の尾崎ボーイズで野球を始めた。中学生になり泉佐野リトルシニアに入団すると、全国大会に出場するなど実績を重ね、中学3年のときにAA世界野球選手権の日本代表に選ばれた。