2018.03.25

元ドラ1位選手が母校に指導者として
戻ると、どんな仕事をするのか?

  • 寺崎江月●文・写真 text & photo by Terasaki Egetsu

 元プロ野球選手が学生野球の指導者になるための条件が緩和された2013年以降、高校野球でも以前より多くのプロ経験を持つ指導者が誕生している。1997年に主将・捕手として智辯和歌山を初の全国制覇に導いた中谷仁氏(38歳)も、そのひとりだ。

 同年のドラフト1位で阪神タイガースに入団し、楽天と巨人でもプレーした後、2012年に現役引退。そして昨年、学校職員として母校に舞い戻り、名将・高嶋仁監督のもとでコーチを務めている。昨夏の甲子園に続いて、今春のセンバツにも出場するなど、指導者としてのスタートは順調だ。そんな中谷氏に、高校野球指導にかける今の思いを聞いてみた。

智辯和歌山での充実した日々を語る中谷仁コーチ

──巨人で現役引退してから智辯和歌山のコーチに就任するまでは、どのような経緯だったのですか。

中谷 プロを引退してすぐ、裏方として第3回WBCの侍ジャパン、そして巨人でブルペンキャッチャーを1年間させていただきました。そのあと大阪に戻って、街の野球塾の講師や阪神ジュニアのコーチをしていました。

 並行して、柔道整復師の資格取得を目指して専門学校にも通っていたのですが、その頃に智辯学園の理事長や高嶋監督から「ちょっと帰ってこい!」と臨時コーチの要請を受けたのです。やがて、今度は正式に職員として再びお声がかかりまして、現在の立場となりました。

──阪神にドラフト指名された頃にも、智辯学園の前理事長から「将来はうちの監督をやってくれ」と打診があったというのは本当ですか。

中谷 はい。在校中から「高嶋先生の後はおまえだ」と前理事長から何度も言われたのは事実です。プロに行く道もいいが、大学に行ってうちに戻ってくる選択肢もあるよ、と。プロ2年目に眼をケガしてしまった時も、前理事長から「すぐにやめて大学に通い直して、うちの指導に帰ってこい!」と連絡をもらいました。

 さすがに、そんな中途半端な状態では帰れないですし、「なんとかプロにしがみついて、結果を残せるように頑張りたいです」とお伝えしました。それでも、そのお言葉はありがたく、現役中も頭から離れませんでした。まさか実現するとは思ってなかったのですが、具体的に母校に戻れる話が出た時には、お世話になった人たちをはじめ、先輩、後輩のためにという気持ちを強く感じましたね。