中日・岡田俊哉が胸に刻む亡き師の教え「あの3年があって今がある」

  • 沢井史●文 text by Sawai Fumi
  • photo by Sawai Fumi

 甲子園で躍動していた岡田俊哉を知る者は「細身でコントロールのいい左腕」というイメージが強いだろう。その岡田も今年でプロ11年目となった。だが、今でも当時と変わらないスリムな体ながら、制球力にさらに磨きをかけ、マウンドに立ち続けている。

「さっきテレビのインタビューで、『プロ8年目ですか?』と尋ねられたんですけれど、自分は11年目って思えない雰囲気だからだと思います」

 そう言って見せた笑顔は、10年前と大きく変わらない。

昨年53試合に登板し、自己最多の13セーブをマークした岡田俊哉昨年53試合に登板し、自己最多の13セーブをマークした岡田俊哉 岡田は2009年に智弁和歌山からドラフト1位で中日に入団。だが、最初の3年間は一軍登板がなく、土台づくりに専念した。

「一軍で投げさせてもらえるまでの3年間は、"下積み"みたいなものでした。でも、その3年間があったから今があるというのはあります」

 当時の稲葉光雄ピッチングコーチ(故人)に投球のイロハを教わったことが、今の岡田をつくり上げている。詳細を尋ねると「詳しいことは言えませんけれども......」と前置きをしたうえで、「投球動作の基礎ですね。これさえやればという反復練習を、その3年間はずっとやっていました。今でも自分の練習で取り入れています」と言う。

 では、ピッチングは何が変わったのか。岡田は少しためらいながらこう口にした。

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