【新車のツボ31】
トヨタ86 試乗レポート (2ページ目)
ともかく、こうした前代未聞の背景で生まれたトヨタ86は、乗っても前代未聞だ。クルマは前輪だけが限界を超えて滑ってもそれほど恐くない(ブレーキを踏めば安定方向に戻るから)ものだが、後輪が限界を超えるとスピンの可能性が高まる。だからFRをはじめとする後輪駆動車の場合は「富士山が噴火してもリアタイヤは滑らせない!?」というくらい、リア安定性を最優先するのがお約束である。
しかし、86は運転操作でちょっとキッカケを与えるだけで、笑っちゃうくらい簡単に後輪がスライドしてドリフト姿勢になる。ステアリング反応もすさまじく俊敏だから、FFや4WDに慣れきった粗っぽい運転では、そんなつもりはないのに勝手にドリフト......なんてこともなくはないくらいだ。
もちろん標準装備のスタビリティ制御システムを作動させておけば、いきなりスピンするわけではない。しかし、その基本特性は、今どきとしては極端なまでにあらっぽい運転への許容度がせまい。スタビリティ制御スイッチも「いつでも解除してくれ」とばかりに手もとの触りやすい位置に鎮座するが、くれぐれも「面白そうだから」とその意味もわからずスイッチを押さないように......。
ただ、そういうリスクも含めてすべて分かったうえで運転すると、これほど面白く振り回せるスポーツカーも世界に例がない。
すべてが確信犯である。周囲からいろいろいわれるのも覚悟のうえで「オレたちが乗りたいのはこういうスポーツカーなんだ!」と、つくり手たちが嬉々としている濃厚でマニアックな雰囲気が、86にはビンビンに漂う。だいたい、今どきスポーツカー(=どう転んでも大量販売で大儲けは望めない)を全身新設計するとは、外野から見ると「会社の経理部門をどうやってダマしたのか?」と思ってしまう。言葉は悪いが、多田哲哉氏以下の86開発チームは「会社のカネで思いっきり遊んじゃっている」としか思えない。
細かい部分のデキにはいろいろツッコミどころもある86だが、つくり手が嬉しそうに遊んでいる。われわれクルマ好きには、そういうオーラこそ、たまらないツボである。
【スペック】
トヨタ86 GTリミテッド
全長×全幅×全高:4240×1775×1285mm
ホイールベース:2570mm
車両重量:1250kg
エンジン:水平対向4気筒DOHC、1998cc
最高出力:200ps/7000rpm
最大トルク:205Nm/6400~6600rpm
変速機:6AT
JC08モード燃費:12.4km/L
乗車定員:4名
車両本体価格:305万円
著者プロフィール
佐野弘宗 (さの・ひろむね)
1968年生まれ。新潟県出身。自動車評論家。上智大学を卒業後、㈱ネコ・パブリッシングに入社。『Car MAGAZINE』編集部を経て、フリーに。現在、『Car MAGAZINE』『モーターファン別冊』『ENGINE』『週刊プレイボーイ』『web CG』など、専門誌・一般紙・WEBを問わず幅広く活躍中。http://monkey-pro.com/
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