【新車のツボ31】トヨタ86 試乗レポート

  • 佐野弘宗+Sano Hiromune+●取材・文・写真 text&photo by

 トヨタ86(ハチロク)は、前代未聞の極端なクルマだ。これは大トヨタの、しかも手ごろな価格の市販車である。クルマに過分な思い入れがなくても「ちょっとカッコイイよね」と気軽に買われる可能性も十二分にあるわけだ。トヨタは「石橋を叩いてわたる......どころか、石橋を叩き壊して、鉄橋につくり替えてからわたる(笑)」といわれるくらい、慎重なクルマづくりが本来の姿。その意味では、86はトヨタ史上で稀有なトンがった存在といっていい。

 86はいわゆるFRレイアウト。フロントにエンジンを積んで、リアタイヤを駆動する。FR自体は現代では少数派だが、高出力エンジンを積んでもステアリングフィールに影響しないこともあって、高級車に根強く残っている。また、進行方向をつかさどる前輪と駆動を担当する後輪......と、前後タイヤで役割分担がきちんと分かれるために、タイヤを滑らせて、ときには横向きになりながらコーナリングする"ドリフト"というマニアックなワザも、FRがもっともやりやすいとされる。

 トヨタも高級セダンなどにFR車を残す数少ないメーカーのひとつだが、86はそうした既存車の表皮だけを替えたお手軽クルマではない。知っている人も多いように、86の実際の設計や生産はスバルが担当するが、ほぼ全身がゼロから新設計されているのだ。

 86がトヨタとスバルという2社の共同開発となった理由は、経済ネタ的にいえば「提携による生き残り」とか「リスク分散」といったところだろうが、トヨタ側のチーフエンジニアをつとめた多田哲哉氏の話を聞くと、その最大の理由は「単純に低重心の水平対向エンジンを使いたかったから」というマニアなこだわりらしい。水平対向エンジンの量産技術は、現在、世界でスバルとポルシェにしかない。

 しかも、トヨタ側が「2.0リッター自然吸気で200馬力!」を絶対条件にしたために、スバルは既存の水平対向エンジンも使えず、86ではエンジンも完全新設計である。エンジンの新開発には莫大なコストがかかるから、これではぜんぜんコストダウンになっておらず、トヨタはともかく、スバルくらいの規模だと「失敗したら死活問題か!?」ってくらいに高リスク事業になってしまっている(笑)。

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著者プロフィール

  • 佐野弘宗

    佐野弘宗 (さの・ひろむね)

    1968年生まれ。新潟県出身。自動車評論家。上智大学を卒業後、㈱ネコ・パブリッシングに入社。『Car MAGAZINE』編集部を経て、フリーに。現在、『Car MAGAZINE』『モーターファン別冊』『ENGINE』『週刊プレイボーイ』『web CG』など、専門誌・一般紙・WEBを問わず幅広く活躍中。http://monkey-pro.com/

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