ラグビー日本代表歴代キャプテン対談 大正製薬協賛25年目記念の特別企画で明かされた「知られざるキャプテンの仕事」とは
元ラグビー日本代表キャプテンの3人。左から箕内拓郎氏、菊谷崇氏、廣瀬俊朗氏
経験・蓄積が今につながる
2001年度よりラグビー日本代表のスポンサーを務め、2002年からは、「リポビタンDチャレンジカップ」として、ラグビー日本代表テストマッチ冠スポンサーを務めてきた大正製薬が、ラグビー日本代表協賛25年目を記念し、6月2日(月)に特別企画「ラグビー日本代表 歴代キャプテン対談」を実施した。
参加したのは、2002~07年のキャプテン箕内拓郎氏、2008~11年のキャプテン菊谷崇氏、2012~13年のキャプテン廣瀬俊朗氏の3名。6月末から始まる海外チームとの対戦「リポビタンDチャレンジカップ2025」に向けて、これまでの日本代表、そして未来の日本ラグビーについて語り合った。
まずはそれぞれがキャプテンを務めた日本代表時代を振り返った。箕内氏が「結果が出ていない時代で力不足だった。整備しなくてはいけない問題も多かった」と語ると、箕内氏からキャプテンを引き継いだ菊谷氏は「(2007年の国際大会でカナダと引き分けた後だったこともあり)勝つのが当然という雰囲気があって、もう1段階上にあがるための土台はできたが、結果が出ず、過渡期的な感じがあった」と当時の状況を語った。
そしてその後にキャプテンに就任した廣瀬氏は「新しいヘッドコーチが来てワクワクしていたし、一方で菊谷さんたちが勝てなかったその悔しさが受け継がれていたのも覚えている。そのプロセスが大事で、それがあって2015年の国際大会で結果を残すことができた」と、選手たちの思いや経験・蓄積が、今の日本代表の強さにつながっていることを強調した。
さらに知られざるキャプテンとしての仕事も披露。「国際大会だとボール200個、フラッグ200枚にサインを書かなくてはいけなくて、それを書いていたら、昼ご飯を食べられなかった」と菊谷氏が苦笑いをすると、廣瀬氏は「だから僕は0.5秒で書けるサインに変えた」と笑いを誘った。
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