メダリスト松田丈志の現地ルポ。「五輪と世界水泳は何が違うのか」 (3ページ目)

  • 松田丈志●文 text by Matsuda Takeshi photo by Insidefoto/AFLO

 悔しさは大きなモチベーションとなる。私自身の経験で言えば、初出場した2004年アテネ五輪でメダルを取ることができず、「五輪でメダルを取れないとこんなに悔しいのか」と感じた。その悔しさのエネルギーは相当なもので、五輪後すぐにでもトレーニングをやりたいと思った。その思いは翌年の世界選手権にぶつけることになり、翌年のモントリオール世界選手権では私自身初めての世界選手権でのメダルを獲得することができた。

 一方、その五輪王者の萩野は肘の手術で、そもそもの「スタート」が遅れた。金メダルを取った達成感もあっただろう、手術も東京五輪を見据えた上での決断で、タイミングとしてはベストだった。しかしスタートラインが遅れたことで、冬場のトレーニング時間が例年ほど確保できなかった影響は少なからずあるだろう。

 冬場のトレーニングは選手のパフォーマンスの下地となる。この下地の部分の不足は後から効いてくるボディーブローのようなものだ。テクニック、スピード、持久力ともにピカイチの萩野だからこそ表面上の戻りは早いが、下地の部分はなかなか戻ってこない。

 今シーズン、これまで見たことのないほど苦しんでいる彼の様子を見てきたが、同時に金メダリストとしてのプライドも垣間見えたシーズンでもある。

 4月の日本選手権では400m個人メドレーこそ瀬戸に0.01秒差で敗れたが、それ以外の4種目は、タイムはともかく勝ち切った。今ある自分の手持ちの武器と気持ちで戦いきったのだ。今回の世界選手権で私が萩野に期待したいのはそういうレースだ。今の自分の100%を出し切ってほしい。

 オリンピック2種目2連覇を成し遂げた北島康介さんは、どんな状況でもその時の自分の100%を出せる人だったと感じている。いや120%を引き出しているように見えた時もあった。

 そういうレースの積み重ねが、本人が東京五輪の目標として掲げる五輪連覇と複数の金メダル獲得につながっていくのではないか。6月には日本を離れ、欧州の集中できる環境で高地トレーニングとレースを積んできた。もともと総合力の高い選手なだけに、どこまで戻してきているのか楽しみである。萩野はリオで金メダルを取った400m個人メドレーの他に、200m個人メドレーにも注目したい。この種目でのスピードの切れ味は世界でも頭ひとつと抜けている感があり、優勝候補筆頭と言っていいと思う。

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