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【指揮官と箱根駅伝】創価大・榎木和貴監督の原点 中央大での「4年連続区間賞」「32年ぶりの総合優勝」への道程 (2ページ目)

  • 和田悟志●取材・文 text by Satoshi Wada

【無我夢中の1年目、危機感が残った2年目の区間賞】

 とはいえ、出雲駅伝、全日本大学駅伝と、同期の松田が好走した一方で、榎木は補員に名前を連ねたものの、出走には至らなかった。

「おそらく10〜12番目のポジションだったと思います。このままだと、箱根駅伝も厳しいなという状況でした」

 ところが、12月に入ると調子が上向き、チャンスが巡ってきた。

「12月に合宿があって、箱根のメンバーを決める練習で10番目に滑り込みました。たぶん碓井さんのなかでは起用したい上級生がいたと思うんですけど、その先輩がうまく走れず、たまたま私の調子が上がってきたので、8区に抜擢されました」

 見事にチャンスをものにし、1年目から箱根路を駆けることになった。

 そして、"10番目"の選手は本番でも躍動する。チームは優勝争いから遠のき、榎木がタスキを受けたのは4位。

「なんとしても3位まで上がりたいと思っていましたが、前も後ろもまったく見えないので、自分が立てた目標タイムで走ることに集中しました」

 何がなんだかわからないうちに21km超を駆け抜けると、なんと区間記録にあと11秒と迫る快走で区間賞を獲得した。

「中大に入った時点では箱根を1回走れればいいかなと思っていたので、1年生で走ることができて達成感がありました。でも、優勝を目指すチームなので、メンバーから外れた先輩たちの思いに応えなきゃいけないと思っていましたから、手放しで大喜びするようなことはありませんでした。

 それに、同期の松田は、1年目からエース区間を担っているわけですから。同期にそういう存在がいるのはやっぱり一番大きかったですね」

 夢の舞台での活躍に有頂天になりそうなものだが、榎木は気を引き締め直していた。

 2年目は、当然主力としての活躍が期待された。しかし、なかなか調子が上がらず、箱根ではまたしても8区を走ることになった。

「もう1回、8区を走るのであれば、区間記録を出さなきゃ」と思ったものの、入りの10kmは前年よりも10〜15秒も遅かった。「これはやばい」と思って後半に入りギアを上げると、従来の区間記録を17秒も更新する新記録を打ち立て、2年連続で8区区間賞に輝いた。

 チームは、終盤の8区・榎木、9区・菅陽一郎、10区・佐藤信之と3区間連続で区間賞を獲得し、復路優勝を果たした。しかし、総合順位は3位にとどまった。上級生に実績がある選手が揃ったこの年は総合優勝の好機といえたが、またしても悲願達成とはならなかった。

「9区、10区の先輩たちが卒業するので、また新たな戦力を整えないといけない。このままではダメだなと思いました」

 復路を制し、いよいよ総合優勝への機運が高まったのかと思いきや、思いを募らせたのはそんな危機感だった。

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