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【指揮官と箱根駅伝】「やっぱり優勝監督になりたい」創価大・榎木和貴監督が語る中央大4年時の悔しさと指導者として再燃した駅伝への思い (3ページ目)

  • 和田悟志●取材・文 text by Satoshi Wada

【指導者としても箱根制覇を】

 そんなタイミングで舞い込んできたのが、創価大の監督の話だった。当時の創価大は2年連続で予選落ちに終わっており、なかなか箱根常連校には定着できずにいた。

「のんびりしたいという気持ちのほうが強かったので、"一応考えます"と言いつつも、どう断ろうかと考えていました」と言う。それでも、当時外部アドバイザーだった川嶋伸次氏(現・創価大総監督)の説得もあり、引き受けることにした。

 大学からの要望は「もう1回箱根に出場させてほしい」。それだけだった。

 また、川嶋氏からは「3年でも5年でもかかっていい」と言われていたが、責任感の強い榎木は「引き受けた以上は、1年目からチャレンジしたい」と決意を固めていた。そして、正式に就任する前から、過去のレースや練習のデータを基にチームの課題を洗い出しし、コーチ陣や選手と共有して強化に当たっていった。

 その成果はすぐに現れる。

 就任1年目で箱根路に復帰を果たすと、本選では9位に食い込み、大学史上初めてシード権を獲得した。さらに、翌年の第97回大会では往路優勝を果たし、終盤まで先頭を走った。最後は駒大に逆転を許したものの、総合2位と躍進し、創価旋風を巻き起こした。

 そして、今では強豪校の一角に数えられ、新たなフェーズに入っている。

「我々の学生時代は、一人ひとりがどの区間をどんなタイムで走るのかを常に考えて、普段の練習や夏合宿に励んでいました。まさしく当時の私たちがそうだったように、今年の創価大の選手たちには、目的を持って行動に移れるかを投げかけています。自分の適性をしっかりと見極めて、例えば上りが得意な選手であれば上り基調のコースをしっかりと攻略し、強化につなげていくことを、常に意識させています。

 学生時代に指導を受けた大志田コーチ(秀次、現・明治大駅伝監督)は選手とのコミュニケーションをよく取られて、そういった意識づけをしてくださった。少なからず、今の私の指導にも生かされていると思います」

 強豪校で過ごし、箱根駅伝優勝を目指した4年間は、約30年が経った今につながっている。

「現役時代に4回区間賞を獲って、今、こうして指導ができているからこそ言えるとは思うんですけど、自分は、箱根駅伝っていうものに愛されているのかな、と思います。

 だから、自己満足で終わるのではなく、私もやっぱり優勝監督になりたい。それに、優勝をしっかり意識できる選手たちが集まっているので、近いうちに選手たちの夢を叶えてあげたい」

 教え子たちの思いに応えるために、今度は指導者として箱根優勝を目指す日々を送っている。

●Profile
えのき・かずたか/1974年6月7日生まれ、宮崎県出身。小林高(宮崎)―中央大―旭化成―トヨタ紡織。全国高校駅伝に3年連続出場を果たし、2年時には4区で区間賞を獲得。中央大では箱根駅伝で4年連続区間賞に輝き、3年時(1996年、第72回大会)にはチーム14回目の総合優勝に貢献した。卒業後は旭化成に入社し、2000年の別府大分毎日マラソンで優勝。2004年に沖電気のコーチに就任し指導者となる。その後、トヨタ紡織陸上競技部コーチ(選手兼任)、監督を経て、2019年に創価大学陸上競技部駅伝部の監督に就任すると、1年目の箱根でチーム史上初のシード権を獲得し、現在まで7大会連続シード権獲得中。就任2年目の2021年大会では往路優勝、総合2位に導いた。

著者プロフィール

  • 和田悟志

    和田悟志 (わだ・さとし)

    1980年生まれ、福島県出身。大学在学中から箱根駅伝のテレビ中継に選手情報というポジションで携わる。その後、出版社勤務を経てフリーランスに。陸上競技やDoスポーツとしてのランニングを中心に取材・執筆をしている。

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