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順大で箱根出場は一度だけ「初マラソン日本記録」を持つ近藤亮太は"雑草魂"で世界陸上の日本代表になり、ロス五輪も目指す (3ページ目)

  • 佐藤俊●取材・文 text by Shun Sato

【強い選手になってMGCを勝つ】

 今年3月、自身三度目のマラソンとなる東京マラソンは、世界陸上の経験を生かしながら、まずMGC出場権の獲得を目指した。結果は2時間0706秒で日本人4位(全体17位)。目論み通りに来年10月のMGCの切符を手に入れた。

「日本人トップ(全体12位)の大迫傑さん(LI-NING)、2位(全体13位)の鈴木健吾さん(横浜市陸協)とは同じ集団で走っていたのですが、そこまで脅威には感じていなかったんです。でも、30㎞以降、ふたりが潰し合いをするなか、自分はそこに絡めずに終わってしまった。自分の力を発揮することはもちろん、レースの組み立て方、30㎞以降の戦い方が、まだふたりには及ばない。どんな相手にでも勝ちきれるレースができるようにならないと、MGCでは勝てないですね」

 その足りないものを身につけるために、今、準備を進めている。MGC開催まで1年半、強化の時間は十分にある。このトラックシーズンは5000m1335秒切りを目指し、11月にはペースメーカーのいないニューヨークマラソンで勝負する予定だ。

MGCは過去2回とも見ましたが、本当に何が起こるかわからない。誰かが飛び出したらついていくのか、それとも、落ち着いて後方からいくのかなど、瞬時の判断を迫られるタイミングがある。また、世界陸上や東京マラソンの経験から、レース終盤にペースを上げ、勝ちきる力も必要になります。強い選手になってMGCを勝ち、ロス五輪を走りたいと思っています」

 近藤に、あらためてロス五輪を目指す理由を聞いた。

「陸上選手のピークが30歳前後と言われるなか、自分はロス五輪を28歳で迎えられます。年齢的に一番戦える時のレースになりますし、自分の陸上人生のなかでも集大成になると思うんです。

 それに、自分は高校、大学とスター選手ではなかったですし、僕らの学年は強い選手があまりいなくて"谷間の世代"と言われていたんです。でも、自分が頑張る背中を見せることで、同期やチームメイト、伸び悩んでいる後輩たちにも刺激を与えられたらと思っています。雑草魂で、やればできるんだというのを見せていきたいです」

 つねにポジティブで、挑戦を楽しんでいることが、言葉の端々から感じられる。すでに安定した強さを身につけつつあるが、思うようにいかなかった順大時代、塩尻和也(現・富士通)や三浦龍司(現・SUBARU)など、スポットライトが当たる選手を間近に見ていたゆえ、いつかは自分もそういう存在に、という野心もある。近藤は、勝負に勝つための準備をこれからも粛々と進めていく。

(おわり)

近藤亮太(こんどう・りょうた)1999年生まれ、長崎県島原市出身。島原高から順天堂大に進み、箱根駅伝は4年時に10区を走って区間14位。大学卒業後は実業団の三菱重工で力を伸ばし、2025年2月の大阪マラソンで2時間0539秒で日本人1位、初マラソン日本最高記録を樹立。同年9月の世界陸上東京大会の代表に選出されると、日本勢トップの11位に。2026年3月の東京マラソンで17位(日本人4番手、2時間0706秒)となり、MGC(マラソングランドチャンピオンシップ/2028年ロサンゼルス五輪マラソン日本代表選考会、202710月に開催予定)出場権を獲得した。

著者プロフィール

  • 佐藤俊

    佐藤俊 (さとう・しゅん)

    1963年北海道生まれ。青山学院大学経営学部卒業後、出版社を経て1993年にフリーランスに転向。現在は陸上(駅伝)、サッカー、卓球などさまざまなスポーツや、伝統芸能など幅広い分野を取材し、雑誌、WEB、新聞などに寄稿している。「宮本恒靖 学ぶ人」(文藝春秋)、「箱根0区を駆ける者たち」(幻冬舎)、「箱根奪取」(集英社)、「箱根5区」(徳間書店)など著書多数。近著に「箱根2区」(徳間書店)。

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