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【箱根駅伝2026】早稲田大の2年生エース・山口竣平は優勝へのラストピースとなり得るのか? (2ページ目)

  • 和田悟志●取材・文・写真 text & photo by Wada Satoshi

【ふたつの駅伝欠場も自分自身を見つめ直す時間に】

 ところが、9月中旬の菅平合宿の終盤に左脚に痛みが走ったという。

 その後も痛みをだましだまし、何とか練習を続けたが、出雲駅伝の4日前にMRIを撮ると、左大腿骨を疲労骨折していることが判明した。

「チームに対して熱が入りすぎたところがあった。みんなに頼るべきところを頼れなかったのは自分の反省点ですし、自分の弱さでもあります」

 駅伝シーズンの開幕が迫るなか、チームを勝利に導くどころか、まさかの戦線離脱を余儀なくされた。

 少数精鋭のチームながらスピード自慢が揃う早大は、出雲駅伝で優勝候補の一角に挙がっていた。だが、山口竣平を欠いたチームはあと一歩が届かず、2位に終わった。

「堀野(正太)も(佐々木)哲も頑張ってくれました。補欠に回った宮岡(凜太)さんや間瀬田(純平)さんが走っても、僕が走っていたとしても、たぶん結果は変わらなかったと思います」

 山口竣平はこう言うが、前半戦の活躍から万全な状態の彼が走っていれば、違った結果になっていたことは十分に考えられた。

 とはいえ、走れなかったことを誰よりも悔やんでいたのは、山口竣平自身だ。

「出雲は、自分のチームなのに応援できなかった。三大駅伝フル出場がかかっていたので、出られないことへの悔しさが結構ありましたから。みんなは(合宿所の)食堂で見ていたんですけど、僕は部屋で、ひとりで見ていました」

 疲労骨折をすること自体、競技人生で初めて。今シーズンは順調だっただけに、なおさら悔しさを募らせたのだろう。

 一方で、その悔しさとは別の感情もあった。

「3週間ずっと痛いまま走っていたので、原因がわからなかったら、もっと不安になっていたと思います。逆に、折れているのがわかって安心しました。それに、箱根にギリギリ間に合うかもしれないタイミングだったのは、不幸中の幸いだったと思っています」

 2週間ぐらいはまったく走らずに過ごし、酸素カプセルや治療器具を活用して回復に努めた。そこから少しずつトレーニングを再開し、今は箱根駅伝の出番に備えている。

 全日本大学駅伝も欠場したが、今度はチームに同行し主将の山口智規のサポートに徹した。

「サポートに回ることってめったになかったので、いい経験をさせていただいたなと思っています。主将の智規さんは、誰よりも背負っているものが大きい。来年、再来年は僕がエースにならないといけないと思うので、その姿勢を見習うべきだなと思いました」

 走ることができなかった期間にも、さまざまな気づきがあった。

 もうひとつ、奮い立つきっかけとなったのが、佐久長聖高時代の恩師、高見澤勝先生の著書を読んだことだった。

「1日で一気に読みました。"なんで僕は陸上をやっているのかな?"って考えた時に、それはもちろん自分のためでもあるんですけど、陸上の道を切り開いてくれた祖母だったり、両親、中学、高校の恩師のためにも自分は走らなければいけないと気付かされました。ケガをしている間も、トレーナーさんとか、いろんな人に支えてもらいましたから」

 このように、自分自身を見つめ直し、決意を新たにした。

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