「眠れないし、吐きそうにもなりました」女子100mハードル日本記録保持者・福部真子が苦闘の先に見出した光明 (2ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi

【突き抜けた故のプレッシャー】

 2023年の日本選手権を迎えるにあたり、福部は世界選手権参加標準記録を突破している唯一の選手だったため、照準は8月の世界選手権に定め、6月の日本選手権はその過程の大会として捉えていた。4月の織田記念は予選で12秒95と順調なシーズン序盤だったが、寺田や前日本記録保持者の青木益未(七十七銀行)以外にも、3大会連続の12秒台で記録を伸ばした田中佑美(富士通)に加え、清山ちさと(いちご)も5月に12秒95を出していた。参加標準記録突破でなくとも、世界ランキング(ポイント制)による世界選手権出場の可能性を秘めた選手も増え、福部が代表の座をつかむには、日本選手権で「3位以内に入ればいい」というシーズン当初の状況から、「確実に3位以内に入らなければならない」状況に変わっていた。

「昨年は日本選手権も6月上旬開催と早かったので、12秒台の選手が増えてくるとは思っていましたが、5人になることは想像していませんでした。自分のなかで12秒9で走れる感覚はあるけど、6月上旬の時点で12秒8台以上を出すことはあまり現実的ではないという気持ちが正直ありました。私自身の照準はあくまで8月でしたが、他の選手は6月に合わせているのも分かっていたので、『12秒9台でも3位以内に入れないかもしれない』というプレッシャーに急に襲われました」

 大会前日の記者会見に呼ばれた福部は、「プレッシャーがある」という言葉を口にして落ち着かない雰囲気を見せていた。

「落ち着きがないどころではなかったですね。全然眠れないし、吐きそうにもなりました。だから余計に青木さん、寺田さんを尊敬しました。特に青木さんはずっともう最前線で、毎回、代表の座をしっかり取っていく。経験の差が出ているなと思いました」

 それでも6月2日の予選と準決勝は、12秒99と12秒97のトップタイムで通過。福部は1本目から12秒台で入ることを世界と戦うための必須条件と捉え、それを国内でも実践する必要性を感じていた。「国内でできないことを『世界選手権やオリンピックで予選からできますか』という話」というのが理由である。

 だが、日程面の綾もあった。日本選手権は、世界選手権のように準決勝と決勝が同日実施ではなく、決勝が予選・準決勝の翌日の夜。そのことが緊張を増幅させた。

「前日に12秒を2本そろえた体の負担もそうですが、みんなが予選と準決勝を抑えていることが分かったので、他人を気にしてしまいました。『寺田さんと青木さんが勝負強い、残りは1枠』と考えた時に田中選手も安定していたので、結構メンタルが持っていかれてしまいました。

 本当に初めての感覚で、心ここにあらずというか、集中したいけど邪念が入ってくる。いつもなら体の細かい部分まで神経が行き届いて走りの感覚もミリ単位で分かったりするけど、その感覚がまったく入ってこない。もう頭の中が真っ白でパニックになっていました」

2023年の日本選手権は4位で世界陸上代表を逃すことに photo by Nakamura Hiroyuki2023年の日本選手権は4位で世界陸上代表を逃すことに photo by Nakamura Hiroyukiこの記事に関連する写真を見る

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