2019.09.18

朝原宣治と伊東浩司。
日本男子短距離界のパイオニアが開いた扉

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by PHOTO KISHIMOTO

 1次予選では、伊東は前半から飛ばして先頭で直線に入ると、最後は力を抜いて流す余裕も見せて、2位に0秒21差をつける20秒56で1位。2次予選では「自信を持って前半から強気に攻めていこう」と、20秒47の2位で準決勝進出を決めた。全体では7番目タイムでの通過だった。

男子200mを走る伊東浩司(写真左から2人目) 前半でカーブを走る200mは、直線だけの100mとは違い、半径が小さい内側のレーンは不利になる。そのために、着順でしっかり次に進むことだけでなく、その次のラウンドで中央のシードレーンで走るためには、タイムも重要だ。1次予選で5レーンを走った伊東は、2次予選は6レーン。そして準決勝も6レーンと、シードレーンを確保する堂々たる準決勝進出だった。

 伊東は、92年バルセロナ五輪ではリレーで代表に選ばれたが出番はなく、スタンドでレースを観戦しただけだった。その悔しさを晴らすために、五輪後はウエイトトレーニングに本格的に取り組もうと決意。初動負荷理論を提唱・実践する、鳥取のワールドウイングの小山裕史に師事した。小山のもとでフォーム改造にも取り組んだ伊東は、まず200mで結果を出して、93年世界選手権に200mと4×100mリレーで出場。94年アジア大会では200mで2位になり、95年世界選手権も前回と同じ2種目に出場して、4×100mでは5位入賞のメンバーにもなった。

 初めて走る五輪の舞台で、1次、2次予選は納得の走りで通過した伊東だったが、準決勝は緊張感に襲われた。シードレーンに並んでいたのは、バルセロナ五輪2位で93年世界選手権優勝のフレデリクスや、7月に19秒85で走っていたボルドン、19秒73を持つマーシュ。アトランタ五輪の100mで2位、3位、5位に入った選手たちだ。

「内側の強豪3人は最初から眼中になく、相手はそれ以外のオバデレ・トンプソン(バルバドス)とスティーブ・ブリマコンベ(オーストラリア)に、1レーンのゲイル・モーエン(ノルウェー)」と考えていた伊東は、スタートのリアクションタイムが0秒266と出遅れてしまう。