2019.09.04

アトランタ五輪で千葉と川上が示した
日本女子長距離ランナーの底力

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by PHOTO KISHIMOTO

PLAYBACK! オリンピック名勝負―――蘇る記憶 第7回

東京オリンピックまで、あと1年。スポーツファンの興奮と感動を生み出す祭典が待ち遠しい。この連載では、テレビにかじりついて応援した、あのときの名シーン、名勝負を振り返ります。

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 女子マラソンで、有森裕子が2大会連続でメダルを獲得した1996年アトランタ五輪。陸上女子長距離は、トラック種目でも快挙を果たしていた。

96年アトランタ五輪で女子1万m決勝を走る千葉真子(写真中央)と川上優子(同右) なかでも1万mは、6月の日本選手権の際に鈴木博美と川上優子、千葉真子が熾烈な戦いを演じた種目だ。この日本選手権で優勝したのは、1月の大阪国際マラソンで2位になりながら代表を逃していた鈴木。当時の日本記録を更新する31分19秒40というタイムだった。2位の川上は31分20秒19で、3位の千葉は31分20秒46。現在の日本歴代ランキングでも11位と13位に残るハイレベルなの歴史的死闘だった(川上は00年に31分09秒46をマーク)。

 当時、93年から世界記録を連発して女子長距離界を席巻した、中国の馬俊仁率いる「馬軍団」の勢力に陰りがさしていた時期だ。アトランタ五輪に出場した中国のトップ選手は、94年末に軍団を離脱した1万m世界記録保持者の王軍霞のみだった。

 アトランタ五輪の頃はまだ予選が実施されており、中5日おいて決勝が行なわれるスケジュール。7月27日の予選で第1組になった川上は、序盤で全体のペースが上がらないのを見ると、1200m過ぎから王軍霞の前に出て、4000mまで先頭で走る積極性を見せて5位で予選を通過した。

「先頭で走ったからには決勝に残らないとシャレにならない、と思いました。ダメだったら『先頭に立たなければよかったね』と言われるから」(川上)

 第2組では千葉が、「前の組で川上さんが先頭に立ったから、『オーッ、前で走ってる』と思いました。速いペースで行って確実に残るほうがいいなと思ったので、自分のリズムで行きました」と、中盤に独走状態にして4位。鈴木は7位、と全員が決勝に進出した。

 決勝進出者がゼロだった男子1万mとは対照的な結果だった。なかでも2000m過ぎから6800mまで先頭を独走した千葉は「いつもの私のレースをやっただけ。気持ちいいけど、決勝でもああいうことができればいいなと思った」と、初出場の五輪にもまったく臆する様子がなかった。