2018.11.26

箱根に向けて東海大に朗報。
人生初の試練を乗り越え、阪口竜平が復帰

  • 佐藤俊●文・写真 text&photo by Sato Shun

東海大・駅伝戦記 第36回
上尾シティハーフマラソン(前編)

前回の記事はこちら>>

 11月18日、上尾シティハーフマラソン。箱根駅伝を目指す多くの学生ランナーの前にゲストランナーの設楽悠太、川内優輝、神野大地がスタートラインに立つ。

 このレースには東海大学から22名の選手が参戦していた。

上尾シティハーフマラソンで好走した中島怜利(写真左)と阪口竜平 上尾ハーフ(21.0975キロ)は、東海大の選手にとって箱根駅伝の通行手形を得る最後の選考レースになる。出雲駅伝、全日本大学駅伝を走った主力選手以外、これまで出雲、全日本と駅伝を走れていない選手、故障明けの選手にとっては、このレースで結果(部内順位、タイム)を出すことが求められる。

 午前9時、レースがスタート。選手たちは大きな塊となってアッという間に陸上競技場を出て行った。

 レースの状況が、時折アナウンスされる。

 5キロ地点では、阪口竜平(3年)が14分33秒でトップを走り、小松陽平(3年)も3位で続いていた。10キロ地点でライモン・ヴィンセント(国士舘大)らが先頭集団を形成すると、そのままレースを引っ張り、トップで競技場に入ってきた。

 東海大で最初に入ってきたのは、中島怜利(れいり/3年)。そのすぐうしろに阪口が続いて戻ってきた。中島が6位でゴールして待っていると、すぐに阪口が勢いよく飛び込んできた。そのままふたりは抱き合い、お互いの健闘をたたえ合う。

すると阪口は感極まったのだろう、大粒の涙をポロポロとこぼした。

「ここまでやれるとは思っていなくて……」

 阪口にとって7月からこの日まで、人生初ともいえる厳しい試練の連続だった。

 7月4日、阪口はホクレンディスタンス網走大会で2000mSC(障害)に出場した。快調に飛ばして走っていたが、ハードルを越えて着水した時、左足を思い切りくじいた。ゴールした後、病院で検査をすると左足首の靭帯損傷、踝(くるぶし)の骨が少し割れていた。

 1カ月ほど経過を観察し、そろそろ走ってみようと思い、寮から東海大のグラウンドにかなりスローなジョグで向かった。だが、その途中、平坦な道で左足を思い切りひねってしまい、靭帯が切れた。患部をギブスで固定し、松葉づえをつき、治療のために京都の実家に戻った。走り込みを予定していた夏はまったく走れずに終わった。