2018.10.03

東洋大が異例のアメリカ合宿。
駅伝3冠に向け「秘密兵器」を試用した

  • 酒井政人●文 text by Sakai Masato
  • photo by Nakanishi Yusuke/AFLO

 米国・オレゴンの深夜2時。静寂の中、足音と息づかいが響く。ランナーたちを案内するのはヘッドライトの明かりだけ。暗闇の中を東洋大学のランナーが駆け抜けていた。

今年の箱根駅伝で往路優勝を飾った東洋大 彼らが出場していたのは、日本時間の8月23・24日に行なわれた「HOOD to COAST」という駅伝型式の大会だ。地元では「クレイジー」と呼ばれているレースで、マウントフッドの麓から、シーサイドまでの約320kmを2日かけて走破する。

 往路・復路の10区間217.1kmで争われる箱根駅伝も壮大ではあるが、スケールではHOOD to COASTのほうが上だろう。1レグ(区間)は6~12kmほどで、12人が順番に3回ずつ出走。スタートからゴールまでぶっ続けで走り続けるのだ。

 東洋大チームは最終グループの14時にスタート。選手たちは2台のバンで移動しながらレースを進めた。一般道を走るため赤信号では止まり、車が渋滞で進まずに次走者が間に合わないこともある。日本の学生駅伝とはまったく違う環境に選手たちは戸惑っていた。そして、残すは最終レグというところで”事件”が起きた。

 空が白んできて「そろそろ」という時間になっても、小田太賀(2年)が来ない。到着予定時刻が5分、10分、15分と過ぎていく。何かトラブルが起きていることは明らかだった。祈るような気持ちで、チームメイトが待っていると、ようやく小田の姿が見えてきた。

「みんな待ってるんだ。全力で行け!」という酒井俊幸監督の声が背中を押した。小田は最後の力を振り絞って、アンカーの相澤晃(3年)にバンドを託すと、「すいません、すいません」と涙を流した。異国の地で、携帯電話もなく、人すらいない。うす暗い中をさまよった小田の気持ちを察すると、不安で仕方なかっただろう。

 小田は正規ルートを進んでいたが、本来なら開いているはずのゲートが閉まっていたため、別のルートを進んでコースアウト。40分近くタイムをロスすることになった。一歩間違えれば危ない状態だったかもしれない。

 それでも最後はアンカーの相澤が仲間とともにゴールに飛び込み、東洋大は優勝を果たした。フィニッシュしたのは朝の7時過ぎ。優勝セレモニーに参加してホテルに戻ると15時近くになっていた。