井上大仁の妄想力。「東京五輪のマラソンで勝つイメージもできている」 (3ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by AFLO

 それでも井上が大きな夢を持てたのは、高校時代の恩師、入江初舟(はっしゅう)監督の言葉があったからだ。

「入江先生によく言われたのは、『人は自分で思った分しか伸びない』ということでした。だからその時に、『じゃあ僕は世界レベルの選手になります』と宣言したんです。もちろん自分でも半信半疑でしたが、大学に入る頃には長い距離を自信を持って走ることができていましたし、『自分はマラソンで勝負したい』という気持ちが芽生えはじめていました。2年から3年にかけて記録が伸びて世界ハーフにも出場できたので、『本気で思えばいける。不可能と思ってはダメなんだ』とあらためて思えたんです」

 夢を叶えるために、井上の原動力になっているのは「妄想」だという。思い描くのは、自分が戦っている姿、自分より強い選手に勝つ姿、日本記録を出す姿などいいイメージだ。「妄想の中ではもうメダリストになっています(笑)。だけど、それを妄想や目標のままで終わらせたくない。入江先生の言葉もそうだし、『やってやろうじゃないか!』と思いながら練習しているんです」と顔をほころばせる。

 今までに現実になった妄想で強く印象に残っているのは、高校3年生の時に出場した高校駅伝の県大会でのこと。ずっと勝つことができなかった諫早高校のエースで、現在、同じチームでしのぎを削る的野遼太に勝った瞬間だったと振り返る。

「的野はすでに5000mを14分08秒32で走っていましたし、どうしても勝てなかったんです。3年の時にはなんとしても都大路で走りたいとの想いから、県大会の1区を僕が29分台前半の記録で走り、ぶっちぎられた的野が『クソッ、負けた』という顔をするのを見て『ヨッシャー!』と喜ぶ姿を思い描いていたんです。

 実際のレースでは、体がビックリするほど動いて完全にハマッたレースができて、それを達成することができました。タイム差はぶっちぎるまではいかなくて5秒差でしたけど、すごく嬉しかったですね。結局チームは負けて2位でしたし、高校時代で的野に勝ったのはその1回だけ。でも、そこから妄想が止まらなくなったんです」

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