マイナーゆえの手厚い強化が、荒井広宙の競歩五輪初メダルを生んだ (4ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by JMPA

 その性格は相変わらず控え目だ。「五輪の初メダルということで、小坂忠広(日本陸連競歩副部長)さんや今村文男さんなどの競歩の先輩たちが作り上げてきてくれたものをようやく形にすることができたので、少しは競歩界に貢献できたかなと思います」と、顔を思い切りほころばせた。

 荒井以外は「25kmから30kmまでは頭の中が真っ白になって記憶もないが、30kmを過ぎてからは前回のロンドンでは35kmで棄権したことを思い出し、なんとしてでもゴールするんだと思って歩いた」という谷井が14位で、森岡は27位。メダル獲得は果たしたが、もうひとつの目標でもあった複数入賞は逃した。

 今大会表彰台に上がった1位と2位は、昨年の世界選手権と同じくトートとタレントで、3位の位置が谷井から荒井に代わっただけだ。この事実が示すのは、日本の競歩のレベルが今や世界のトップに追いついているということである。

 それに加え、日本の50km競歩はスロバキアやオーストラリアがひとりの選手の存在に頼っているのと違い、05年以来、山崎勇喜や森岡、谷井、荒井と世界のトップで戦える選手を輩出し、複数のメダル候補がいるのが大きな特徴だ。

 それは競技人口が少ないがゆえに可能だったともいえる、所属の枠を越えて競歩界が一体になり、陸連医科学委員会のサポートも受けて取り組んできた強化策の成果でもある。

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