国枝慎吾、全豪OP優勝の一打は「ゾーンに入った」。テニスを辞めようとさえ考えた孤高の王者に何が起きたか (2ページ目)

  • 内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki
  • photo by AFLO

【練習でもない会心のショット】

 シングルス決勝戦----。国枝とネットを挟むのは、もはや知りすぎるほどに知った顔だ。

 アルフィー・ヒューエット。

 一時期は世界ランキング1位の座も譲った24歳とは、前日のダブルス決勝でも戦い、シングルスではこれまで25度の対戦を重ねてきた。

 戦績は国枝の13勝12敗で、からくもリード。昨年は3連敗を喫し、世代交代の機運も漂いかけたが、9月のUSオープン決勝では国枝が完勝した。これまで数々の好敵手を生んできた国枝だが、現時点でのライバルは顔にあどけなさを残す、この若きベテランだ。

 そのライバルが国枝の本能を刺激したというのは、あまりに単純なものの見方かもしれない。ただ実際に国枝は、モチベーションの低下に苦しむベテランとは思えぬ熱をコート上で発した。

 一打一打に魂を込めるかのように、「うぁー!」「プシェッ!」と声を上げてボールを叩く。届かないと思われるボールにも、「ハッ、ハッ!」と息を切らし、金属音を響かせながらウィールチェアを漕ぐ手に力をこめる。

 第1セットを7−5で奪い、第2セットは3−6で失い、駆け込んだファイナルセット。ハードコートから立ちのぼる熱気が最高潮に達したこの時、国枝のテニスも「キャリア最高」の域に達した。

 ヒューエットが剛腕うならせ放つ強打を、跳ね際で鋭く捉えてウイナーを奪う。

 過去の対戦では、ヒューエットが優位に立つことの多かったバックの打ち合いも、国枝が上回る局面が増えた。特に第6ゲームで放ったダウンザラインへの2本のバックハンドウイナーは、「あんな打ち方は、練習でもしたことがない」と、自身も不思議そうに振り返るほどの会心のショット。

「ゾーンに入っていたんだと思います」

 そう述懐する領域を駆け抜け、国枝は頂点に到達した。

 優勝会見での国枝は、全豪オープンタイトルを取ってなお、どこか矛盾のなかにいるようだった。

「自分自身、この業界で達成感を感じているなかでプレーしなくてはいけない難しさに直面しているところです。なんで勝てたかは難しいですね」

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