ウィルチェアーラグビー・三阪洋行「僕の人生を変えたNZ留学」 (2ページ目)
伊藤 ちょっと違うものとして捉えていたというのは?
三阪 練習中の事故で高校3年のときにケガをして、それまで身近に障がいのある人がいなかった僕にとって、"障がい者はイコール大変な人"というイメージでした。そのイメージの人に僕がなったことで、「みんながそう思って僕を見ている」と思っていました。比較的早くウィルチェアーラグビーには出会えていたんですが、正直なところ、スポーツに打ち込むよりも、自分が車椅子で生きていく不安の方が大きかったです。
伊藤 はじめはスポーツどころじゃなかったということでしょうか。
三阪 そうですね。高校も1年遅れで卒業して、当時、障がい者の一般の流れとして、職業訓練校に行って資格をとるんだろうなって思っていたころに、今のウィルチェアーラグビー連盟会長の塩沢さんに「ニュージーランド留学をしてみないか」ってお話をいただいたんです。
伊藤 素晴らしいタイミングで素晴らしいきっかけを塩沢さんは与えてくれたんですね。
三阪 そうですね。ここしかないっていうタイミングでした。でも、不安はやっぱりちょっとあって、親にもすごい反対をされました。
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