2015.07.29

ウィルチェアーラグビー・三阪洋行「僕の人生を変えたNZ留学」

  • 文●スポルティーバ text by Sportiva
  • 写真●五十嵐和博 photo by Igarashi Kazuhiro

盛りあげよう!東京パラリンピック2020(32)

ウィルチェアーラグビー三阪洋行選手インタビュー Vol.1

人生のターニングポイントになったというニュージーランド留学について語る三阪洋行選手 ウィルチェアーラグビーの日本代表として、アテネ、北京、ロンドンパラリンピックの3大会に出場してきた三阪洋行選手。現在は、千葉県のチームBLASTに所属し、代表ではアシスタントコーチを務めている。ラグビーの街、東大阪市に生まれ、夢の舞台である花園を目指していた高校時代、練習中に頸椎を損傷した。車椅子生活になって、ひとつめのターニングポイントになったニュージーランド留学についてお話をうかがった。ウィルチェアーラグビーとは>

伊藤数子さん(以下、伊藤) 花園ラグビー場のある東大阪市に生まれて、やはりラグビーは身近なスポーツでしたか?

三阪洋行選手(以下、三阪) そうですね。実家が花園から近いので、子どもの頃からお正月には花園からの歓声が聞こえていました。今もお正月に帰省した時は、高校ラグビーを見に行くっていうのが定番になってます。ただ、事故に遭って数年は見に行くのがちょっと怖かったんですよね。自分がケガをした競技でもありますし。

伊藤 また観戦にいけるようになったのはいつごろからですか?

三阪 ケガをしたあとにウィルチェアーラグビーの存在は知っていましたが、ちょっと違うものとして捉えていた部分があったんです。ただ、ニュージーランド留学や、日本代表に選ばれて、誇りを持ってウィルチェアーラグビーに取り組むようになったあたりから、花園でラグビーを見る怖さがなくなりました。