19歳・山田南、自転車競技歴わずか3年目でアジア大会へ「考えられないくらい目まぐるしい日々」 (2ページ目)
――5月にはジャパントラックカップ、6月には全日本選手権トラックと立て続けにレースがありました。6月の全日本トラックのケイリンとスプリントで4位になりましたが、手ごたえはありましたか。
スプリントに出場するのが初めてだったので、佐藤水菜さん(神奈川・114期)に教えてもらいつつ、対戦しながら学ぶみたいな感じでした。4位という結果でしたが、ナショナルチームの方々が上位を占めていましたので、そこに食い込めるようにならなきゃいけないなと感じました。先輩方と比べると、自分はタイムがまだまだなので、ハロン(200m)で10秒台にはもっていきたいなと思っています。そこから技術や戦い方を学んで、上位に食い込んでいけるようになりたいです。
将来を嘱望される山田 photo by Hiroshi Gunkiこの記事に関連する写真を見る――その間にガールズケイリンでも走っています。切り替えはスムーズにいっていますか。
そこは本当に難しいです。競技のケイリンとガールズケイリンを走って感じたのは、ギアも違っていて、まったく別物だということです。すごく苦戦しました。
――そんな状況でも、7月末のガールズケイリン(伊東競輪場での開催)で、3日間1着の完全優勝を果たしました。素晴らしい結果ですね。
(笑顔)
【記憶に残る出会い】
――そもそも高校までの9年間、陸上競技をやられていました。高校2年の時には、JOCジュニアオリンピックカップの三段跳びで4位になっています。その先、陸上を続けていこうという思いはありましたか。
陸上は好きだったので、将来的にも続けていこうと少しは考えましたが、陸上をこのまま続けていても生計を立てていけるのか不安もありましたし、兄(山田駿斗/千葉・123期)が競輪選手だったので、憧れもあってガールズケイリンの道に進みました。
それから当時、父に太田りゆ選手(埼玉・112期)のインスタを見せてもらったんですが、すごくかっこいい筋肉と美しい容姿に憧れを抱きました。高校3年の夏に、トラックサイクリングキャンプに参加したんですが、その時に(サプライズで)激励に訪れた太田りゆ選手にお会いできました。パリオリンピックの直後で、ジャパンのジャージを着ていて......。太ももを触らせてもらったんですが、本当にすごいなと思いました。その時にポストカードももらいました。
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