パリ五輪まで1カ月 山口香が考えるオリンピックの今とこれから「スポーツのいいところは、『ああいう世の中だと生きやすい』と思えるところ」 (3ページ目)

  • 西村 章●取材・文 text by Nishimura Akira

【これからのオリンピック像】

山口氏は、スポーツは既存の制度を超えていく力も秘めているという photo by sportiva山口氏は、スポーツは既存の制度を超えていく力も秘めているという photo by sportivaこの記事に関連する写真を見る

――JOCなどの組織の意思決定は、これは社会全般に言えることなのかもしれませんが、もっと若い人々の手に委ねていったほうがいいのでしょうね。そうしないと、いろんなものが刷新されていかないのかもしれません。

山口:そこでもやはり、スポーツはいい例を見せてくれていますよ。今ではサッカーや野球もそうですが、スケートボードなどのアーバンスポーツで活躍している若い子たちは、世界と日本の垣根なんておそらく意識していないと思いませんか? 私たちの時代のような「世界の舞台で挑戦するんだ」という必死の思いは特になくて、ちょっと国境をまたいでみた先にたまたま世界の舞台がありました、くらいの気軽さで、しかもそこで戦う人たちと気さくに仲間になっていくように見えますよね。あの子たちは世界と仲良くするとか国境を越えるとか、わざわざ言う必要がないわけです。それが当たり前だからです。そういう人たちがリーダーになると、きっと日本の組織や社会も変わっていくでしょうね。

――その話をオリンピックに引き戻すと、大会のあり方も変わっていかなければならない、ということでしょうね。たとえば複数都市開催なども視野に入れていかなければ、先ほどの話でも出てきたように、現状の方法だともはや持続可能ではないでしょうから。

山口:パリ五輪でもサーフィンはフランス国内ではなくタヒチで行なうそうなので、IOCは今の状態から飛び越えていくための伏線を少しずつ敷いているのかもしれませんね。

 だからそういうもの、既成の制度を超えてゆく力がスポーツにはあるんです。そして、そうやって安全であることを皆が享受できる社会っていいね、と感じられることがオリンピズムであり、それを伝えることがオリンピックムーブメントなんですよ。でも、そのオリンピズムやオリンピックムーブメントはただ競技を見ているだけではわからないから、説明しなければいけない。今の日本はそうなっていますか? その方法を考えて伝えていくのがIOCやJOCの役目であり仕事なんです。

――それを提示し、理解を促進していくことがIOCとJOC、そしてスポーツ界にできるのかどうか、ということですね。

山口:やってくれるであろう、と期待をしたいと思います。「スポーツは力がある」「スポーツには夢がある」という人はスポーツの世界にもたくさんいますよね。ではその力や夢とはいったい何なのか、具体的に言語化してほしいんですよ。ふんわりとした雰囲気だけを語るのではなく、その意味するところをきっちりと示して問いかけることができるようになれば、聞いている側も理解できますよね。その理解の共有が、スポーツが文化として定着しているということです。その意味では、欧州の豊かなスポーツ文化と比べると、日本ではまだまだスポーツが文化として定着していないように思います。その一環であるオリンピックムーブメントの普及や理解も、これからの大きな課題でしょうね。

【Profile】山口香(やまぐち・かおり)/筑波大学体育系教授。現役時代は柔道52kg級の日本代表として多くの国際大会に出場し、1984年ウィーン世界柔道選手権優勝、1988年ソウル五輪で銅メダルを獲得。現役引退後は日本オリンピック委員会在外研修制度で1年間イギリスへ留学するなど見識を高め、指導者、大学教員の道に進む。一方で2020年6月まで10年間務めた日本オリンピック委員会理事をはじめさまざまな団体・協会で要職を務め、女子選手、日本のスポーツ環境の改善に尽力。東京五輪・パラリンピック時は「中止すべき」と意見を明言する一方、東京大会を取り巻くさまざまな課題点について積極的に発言を行ない、問題提起を行なってきた。

プロフィール

  • 西村章

    西村章 (にしむらあきら)

    1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)、『スポーツウォッシング なぜ〈勇気と感動〉は利用されるのか』 (集英社新書)などがある。

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