小平奈緒、現役最後のレースへ。「長野五輪の時のような空気感を再び作りたい」と思いを込めて滑る

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by YUTAKA/AFLO SPORT

 一方で疑問も生まれた。日本の結城コーチの下でやっていた練習に比べるとはるかに少ない練習量。それでもなぜ結果が出たのかがよくわからなかった。それが何なのかを確かめるために、当初は1年の予定だったオランダ留学を、もう1年延長した。だが2015~16年シーズンのW杯は、前季とは違ってソチ五輪までのトレーニングの貯金がなくなった状態となり、表彰台に上がったのは3人で滑るチームスプリントのみで、500mは最高が6位と成績が落ち込んだ。

 オランダでは食が合わなかったこともあり、「自分には日本という環境や、ソチ五輪までやっていたようなハードな練習が必要だ」と確信。さらにオランダでの2年間で今まで以上に、スケートへの取り組みの知識や知恵の幅も広がり、自分が強くなることに対して柔軟に考えられるようにもなった。再び500mから1500mまでをW杯でも滑るようになった小平は、一気に覚醒した。

 2016~17年シーズンは、W杯初戦のハルピン大会は500mで連勝して、1000mは3位でスタート。2月に平昌五輪の会場となる江陵で行なわれた世界距離別選手権では500mで、ソルトレークシティ(気圧が低く記録が出やすい高地リンク)で出していた、自身の日本記録を0秒16上回る37秒13で優勝。その記録は低地世界最高記録だった。さらに1000mでも3位と成績を残した。

 その勢いは2週間後に高地リンクのカルガリーで開催された世界スプリントでも発揮され、500mでは自身初の36秒台となる36秒75(当時の世界歴代3位)と36秒80を出して連勝。1000mも1分12秒51の日本新を出した1本目は1位で、2本目は3位。

 500m2本と1000m2本のスプリント総合では世界記録をマークして初優勝。W杯でも500mは8戦全勝で種目別総合優勝を果たし、500mは国内外のレースをすべて制した。

"最強の小平"になって臨んだ平昌五輪シーズン。彼女が五輪制覇とともに大きな目標としたのは、低地リンクで36秒台を叩き出すことだった。

 オランダから帰国後に小平が筋力強化とともに取り組んだのは、ソチ五輪1000m出場に続き、平昌大会では500m出場も目指していたチームメイトの山中大地(電算)らと一緒に練習を行ない、体の大きい男子選手並のストロークで滑れるようになることだった。そのために自分でストレッチの方法も考え、滑走時の体の可動域を広げようとしていた。成果は2016~17年シーズンから出始めたが、五輪シーズンは、さらに突き詰めようとした。

 そのひとつが、女子ではまだ誰も実現していない低地での36秒台。ノルウェーで開催された前シーズン最後のW杯ファイナル初日に37秒14で滑った時、「その夢のタイムが現実的になってきた」と話していた。

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