旭天鵬が母国で批判も帰化申請。モンゴル人初の部屋付き親方になった (4ページ目)

  • 武田葉月●取材・構成 text&photo by Takeda Hazuki

 40歳10カ月まで、幕内力士を務められたのも奇跡だったと思います。

 もちろん十両に落ちても「関取」ではあるんですが、僕にとって、モンゴルでテレビ中継がある「幕内力士」であることが力士の基準。だから、2015年名古屋場所では千秋楽まで相撲を取り切り、周囲も、自分も納得して、現役を引退しました。

 友綱部屋の師匠となって、2年が過ぎました。モンゴル出身者として初めての「部屋持ち親方」です。かつての弟弟子が「弟子」となり、自分と彼らの関係が「師弟」となったことで、最初はやりづらい部分もありました。

 相撲部屋の師匠は、学校の相撲部の監督とはまったく違う存在です。師匠と弟子は衣食住、すべて一緒。一生、弟子の面倒を見るというのが、師匠の役目だと僕は思っています。つまり、彼らのお父さんみたいな存在かな?

 現役時代、あれほど好きだったゴルフも、最近はほぼご無沙汰(笑)。それくらい責任のある立場にいると、僕は思っています。

(おわり)

友綱勝(ともづな・まさる)
元関脇・旭天鵬。本名:太田勝。1974年9月13日生まれ。モンゴル・ナライハ出身。迫力のある寄りを生かした若々しい取り口で、40歳10カ月まで土俵をつとめた。幕内優勝1回、三賞受賞7回。2005年に日本国籍を取得。2015年7月場所限りで引退、年寄・大島を襲名。2017年に友綱部屋を継承、モンゴル出身者として初めての「部屋持ち親方」となり、現在は11人の弟子を育てている。
友綱部屋公式サイトはこちら>>

4 / 4

関連記事

キーワード

このページのトップに戻る