「この子、なんか持っていそう」高橋大輔が見込んだスケーターとつくり上げる、魅せるエンタメ『滑走屋』 (2ページ目)
【伝播する高橋大輔の覚悟】
「テクニックだけでなく、氷の上での身体表現というか。そこでのいろんな気づきになればいいなって思っています。たとえば、スケートではあまりカウントを取らないんですけど、8で取るカウントも早く取るかゆっくり取るか、それは曲のなかで振り付けに当たり前で入っていることなんですよ。だから、それを知ったうえで(競技でも)自分のナンバーを滑ったら、また違ってくると思うんです。違うアプローチで、スケートに影響を与えられるように」
高橋の説明は論理的だった。仕組みを知ることで、主体的なスケーティングができる。その基礎が個性につながるのだ。
「初めてこうしたアイスショーに出た若いスケーターは、わけがわからなかったかもしれません(笑)。立ち位置が端っこまで決まっているんですが、ふつうはアイスショーでそこまで細かく決まっていない。まずは立ち位置を覚えるところから始まったんで。でも、日を追うごとに覚えて成長し、エネルギーも感じました。『カルメン』では若いスケーターがすごい熱量で向かってくるんですが、今日は自分のほうがへばってしまいました」
高橋はそう言いながら破顔した。その才能と情熱が、『滑走屋』のエンジンになっている。松山での合宿で極限まで追い込み、作品を仕上げた。
「大ちゃん(高橋)は、ずっとリンクにいて、一人ひとりと向き合っていました。スケート靴を一回も脱がないほどで」
滑走屋のメインスケーターのひとり、村上佳菜子は合宿風景をそう明かしていた。
氷上の高橋はとことん滑る。今回も全員、黒い衣装が原則。それはスケート以外でごまかすことをいっさい封じているからだ。
「お客さまに見ていただく準備を」
そう語る高橋の覚悟がキャスト全員に伝播したとき、彼の分身が大勢いると錯覚するかもしれない。
著者プロフィール
小宮良之 (こみやよしゆき)
スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。
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