検索

「試合は熊に追いかけられるような恐怖...」大躍進中のベテランスケーター、アンバー・グレンが明かすADHDとの闘い (3ページ目)

  • 野口美恵●取材・文 text by Noguchi Yoshie

【真価を見せる落ち着いた野獣】

ーーシニアに上がってから結果が安定しない10年が続きました。どんなモチベーションが支えになりましたか?

 まず私はスケートのコミュニティが大好きなんです。スケートアメリカのメンバーはみな、まるで家族のような、遠縁の親戚のような感じ。その中で、私はみんなのお母さんみたいな立場です。お菓子を配ったり、バンドエイドやヘアピン、ヘアスプレーが必要な人がいたら、すぐに渡してあげる。そして私が自分のメンタルヘルスをオープンにしていることで、みんなが悩み相談に来るんです。スケーターのみんなからそうやって接してもらえることが、私にとって大切なコミュニティであり、スケートを続けている重要な要因なんです。

ーー自分で悩みを抱えながらも、他のスケーターに優しく接することができるというのはすばらしいです。

 それは苦難を克服したからです。10〜12年前までは、自分と同じランクのスケーターとは正面からぶつかって、1対1の対戦のような激しい闘争心を持っていました。でもそれはよくないことだと気づき、年を重ねるにつれて、みんな自分のベストを尽くそうと努力している仲間なんだと思えるようになったんです。今は、イザボー・レヴィトのような年下のスケーターと一緒に過ごし、滑ることをとても楽しめています。

ーー25歳でトリプルアクセルを跳んでいる立場からすると、若い選手が4回転を跳ぶ時代になったことは、どのように見えていますか?

 若くてまだ成長している時期にトリプルアクセルや4回転を跳ぶことは、ケガのリスクが高いと感じています。もちろんジュニアの選手にとっては、ジュニアGPファイナルや世界ジュニア選手権で勝つことが宇宙のすべてのように感じられるので、無理をして4回転を跳ぶ気持ちはわかります。でもケガをしたら一生ついてまわります。しかも、シニアの年齢が引き上げられて17歳になりましたよね。シニアに上がるまで何年間も4回転を跳び続けるなんて本当に大変なことです。大切なのは、年をとってから4回転ができるように、基礎を改善し、正しいテクニックを身につけること。他人に意見を言うつもりはありませんが、若い選手のことを心配しています。

ーーこれからシーズン後半戦を迎えます。どんな演技をしたいですか?

 今回のGPファイナルで、コーチが演技前に言ってくれた言葉が「Calm beast」でした。私の調子がいい時、アドレナリンをうまくコントロールできている時に「落ち着いた野獣のようだ」と言ったんです。冷静で、パワーを持ち、毎日やってきたことを今までどおりにやる。その戦い方を身につけることができました。シーズン後半に向けても、同じようにマインドセットして、自分の力を発揮していきたいです。

終わり

前編を読む

【プロフィール】
アンバー・グレン Amber Glenn 
1999年、アメリカ・テキサス州生まれ。14歳から国際大会に出場し、2014年全米ジュニア選手権で優勝。シニア移行後は、代表に入れない時期もあったが、2023−2024シーズンのエスポー杯3位でGPシリーズ初表彰台。2024−2025シーズンは、ロンバルディア杯で国際大会初優勝を飾り、GPシリーズのフランス杯、中国杯、GPファイナルとすべて優勝。

著者プロフィール

  •  野口美惠

    野口美惠 (のぐち・よしえ)

    元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌、北京オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。2011年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝。

3 / 3

関連記事

キーワード

このページのトップに戻る