レスリング女子・尾﨑野乃香、どん底からの逆襲劇でパリ五輪へ 味わった「天国と地獄」 (3ページ目)
【一階級上げての挑戦で五輪へ】
2024年1月のプレーオフで勝利を収め、感情を爆発させる尾﨑野乃香 photo by Hotaka Sachiko
優勝を遂げた翌日、一階級上の68kg級で尾﨑の気持ちを揺れ動かす出来事が起こった。石井亜海(育英大)が3位決定戦で敗北し5位に終わった。規定により、パリ五輪に同階級の日本選手の出場権は得たものの、誰が出場するかは12月の全日本選手権の結果を待たなければいけない状況になった。
同選手権で石井が勝てば、そのまま石井がパリに行ける。別の選手が優勝すれば、翌年プレーオフで石井と代表決定戦を戦うという流れだ。目の前で68kg級の枠が空いた試合を目の当たりにした尾﨑は、心の奥底から湧き上がる気持ちを抑えることができなかった。すぐに68kg級への転向を決意したわけではなかったが、気持ちはほぼ固まっていた。
「そもそも世界選手権に出たときも通常時の体重は63~64kgだった。68kg級でやるとなれば体重も足りないので、しっかり計画を立てなければいけなかった。自分だけでは無理な話なので、いろいろな人に相談しながらやろうと思いました」
11月からは栗森幸次郎氏が主宰する神奈川のくりもりクラブでも練習するようになった。
「くりもりクラブはキッズ主体なので、ガッツリ練習する場所ではない。だから技術の確認をしたり、小さな子を相手に力を使わないレスリングをしたり......追い込むというよりは確認する場所ですね」
所属する慶應義塾大レスリング部の女子部員は尾﨑のみだったため、練習は入学した時から東洋大、神奈川大などへの出稽古中心だった。それが68kg級に挑戦する時になって、ようやく自分に合った練習場所を捜し当てたように見えた。
「68kg級への挑戦が始まってから、自分を中心に練習してくれる場所が増えた。トレーニングもパーソナルの方についてもらい、体を大きくしています。無駄のない時間を過ごしている感じですね」
迎えた全日本。尾﨑は、68kg級初挑戦とは思えぬ試合運びで勝ち続け、決勝では前年度の世界選手権65kg級優勝者の森川美和(ALSOK)を撃破した。そして2024年1月27日に都内で行なわれたプレーオフでは石井と日本レスリング史上に残る激闘を繰り広げ、最後は試合終了間際に1点ビハインドの状況から逆転勝利を収め、ついにパリ出場を決めた。
その刹那、何カ月もの間地獄を味わってきた尾﨑は雄叫びをあげ、そして最高の笑顔を浮かべた。
【Profile】尾﨑野乃香(おざき・ののか)/2003年3月23日生まれ、東京都出身。成城学園中(東京)→帝京高(東京)→慶應義塾大在学中(4年)。小学校低学年の頃、テレビに映っていた浜口京子(五輪2大会連続銅メダリスト)の姿にインスピレーションを受けレスリングを始め、全国大会で全国少年少女選手権大会では2階級で優勝するなど、頭角を表わす。中学時代以降も全国トップ選手として活躍し、2018年からはジュニアのトップ選手が集うJOCエリートアカデミー所属となる。2021年に大学入学後は3年連続世界選手権に出場し、それぞれ62kg級3位、62kg級優勝、65kg級優勝を果たす。2024年1月のパリ五輪68kg級日本代表決定戦(プレーオフ)を制し、オリンピック代表の座をつかんだ。
著者プロフィール
布施鋼治 (ふせ・こうじ)
北海道札幌市出身。スポーツライター。得意分野は格闘技。現在、週プレNEWSで「1993年の格闘技ビッグバン!」 を連載中。『吉田沙保里 119連勝の方程式』(新潮社)でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。他の著書に『東京12チャンネル運動部の情熱』(集英社)など多数。
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