2019.08.14

アトランタ五輪柔道代表、
中村三兄弟がずらりと並んでメダル獲得

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by PHOTO KISHIMOTO

PLAYBACK! オリンピック名勝負———蘇る記憶 第4回

東京オリンピックまで、あと1年。スポーツファンの興奮と感動を生み出す祭典が待ち遠しい。この連載では、テレビにかじりついて応援した、あのときの名シーン、名勝負を振り返ります。

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 1996年アトランタ五輪の柔道は、前回バルセロナ大会で獲得した金2個を含む5個以上のメダルを期待されていた。その男子代表選手7名の中に、3人の”中村”がいた。

1996年アトランタ五輪男子柔道71㎏級で、金メダルを獲得した中村兼三 95kg級の佳央(25歳)と65kg級の行成(23歳)、71kg級の兼三(22歳)の三兄弟である。その中でも、強気な試合運びで93年世界選手権と94年アジア大会を制し、95年世界選手権でも2位に入っていた行成は、「3人いるから、誰かつまずきそうだな、と思っていた」と笑顔で話した。「(五輪に行けるのは)よくて2人、悪ければ1人、と考えていました。親は『3人揃わなければアトランタには行かない』と言っていたけど、『そんなに簡単に言われても……。1人行くだけでも大変なんだから』と思っていました」

 92年バルセロナ五輪の最終選考会では、行成と佳央はともに準優勝で終え、惜しいところで代表入りを逃していた。2人はその悔しさを晴らすかのように、翌年の世界選手権では兄弟優勝を果たした。だが、86kg級で世界を制した佳央に、強力なライバルが現れた。92年バルセロナ五輪78kg級優勝の吉田秀彦が階級を上げてきたのだ。95年全日本選抜柔道体重別選手権大会では旗判定で吉田に負け、連覇がかかる世界選手権には出場することができなかった。

「94年のアジア大会で優勝した頃まで『だいぶ五輪に近づいたな』という意識があったところに、吉田先輩が階級を上げてきた。吉田先輩を逆転するにはかなり時間がかかるし、あと1年で間に合うか、と考えたら自信がなかったので、だったら自分も階級を上げることにしました」

 こう話す佳央は、その後の体重無差別の全日本柔道選手権大会で3位になると、韓国国際では95kg級で優勝。96年の全日本体重別でも優勝を達成した。その結果、前年世界選手権3位の岡泉茂を押しのけて、代表に選ばれたのだ。