比嘉大吾、帰ってこい。減量失敗の大罪を抱え、ふたたび立ち上がれ (4ページ目)

  • 水野光博●取材・文 text by Mizuno Mitsuhiro
  • photo by AFLO

「ごめんなさい。切り替えて勝ちにいきます」

 自身のコンディションを誰よりも理解しながら、それでも比嘉は勝とうとした。

 しかし、世界戦を戦える身体ではなかった。

 試合開始直前、比嘉と具志堅会長はリング上で何かを話し合っていた。

「2、3ラウンドですぐに止める予定でいたんです。本人にも、そう言った。僕にラウンドごと、『ダメならダメと伝えろ』と」

 しかし、比嘉はこう答える。

「1ラウンドから勝負します」

 試合開始のゴングが鳴り、陣営はすぐに、そして観客も次第に、リング上にいるボクサーが比嘉大吾と同じ顔、同じ身体でありながら、まったく別人であることに気づく。比嘉の代名詞でもある躍動感は、どこにも見当たらなかった。挑戦者のクリストファー・ロサレス(ニカラグア)も、試合をこう振り返る。

「パンチ力はまるで感じなかった。だから打ち合いを臨め、前に出ていくことができた。映像で見たほどの強さも感じなかった」

 インターバル中、比嘉は座らなかった。それは、一度腰を下ろしたら二度と立ち上がれないと感じたからかもしれない。立ち続ける比嘉の姿は、贖罪(しょくざい)のようにも映った。

「泣いて、ごめんなさい」

 試合後、比嘉は病院に直行。インタビューに応じることができず、控室での様子を具志堅会長が、そう語った。

 比嘉が負った身体のダメージはもちろん、心のダメージも計り知れない。1年間の国内試合出場禁止の厳罰となれば、モチベーションの維持も難しいだろう。比嘉の今後は限りなく不透明だ。ただ、比嘉の耳にも、試合後の観客の声は届いているはずだ。

「比嘉、帰ってこいよ!」

 物語には続きがあると、ファンは知っている。凡庸だった少年が世界チャンピオンになって終わりではない。立ち上がれないほどの挫折を味わったチャンピオンが、もう一度、立ち上がる物語なのだと。

 ある元世界チャンピオンは言った。

「誇れるのは世界チャンピオンになったことじゃない。何度負けても立ち上がってきたこと」

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