2017.10.15

【国際プロレス伝】世界王座を失い、
マイティ井上が発した痛快なひと言

  • 宮崎俊哉●取材・文 text by Miyazaki Toshiya
  • 原悦生●撮影 photo by Hara Essei

【第19回】アニマル浜口が語る「国際プロレスとはなんだ?」

リング上でチャンピオンベルトを手にするマイティ井上 欧州遠征から帰ってきたマイティ井上は、そこで培ったプロレス技術を存分に日本のマットで発揮した。瞬く間に国際プロレスの主軸となり、その人気はラッシャー木村、サンダー杉山、グレート草津らエース級と肩を並べるほどに。そして帰国から2年、井上はついに待望のタイトルを奪取する。

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マットの魔術師・マイティ井上(3)

 帰国後、「次代のエース」として期待されたマイティ井上は次第にメインを張るようになる。そしてついに1974年10月7日、埼玉・越谷市体育館でスーパースター・ビリー・グラハムを破り、IWA世界ヘビー級第9代王者の座につく。グレート草津やラッシャー木村ら国際プロレスの先輩格を差し置いて、25歳での超ビッグタイトル獲得はまさに快挙だった。

 マイティ井上の強さを、アニマル浜口は次のように説く。

「柔道をされていたから、受け身ができて、関節・絞め技がうまい。そのうえ、ボディビルで鍛えていたので力があり、身体も頑丈。バーベルベンチプレスでは、ラッシャー木村さんと一緒に200kgを持ち上げていましたからね。