2017.06.15

【国際プロレス伝】ラッシャー木村への弔辞。
涙の「気合ダァ」10連発

  • 宮崎俊哉●取材・文 text by Miyazaki Toshiya
  • photo by Nikkan sports/AFLO

【第11回】アニマル浜口が語る「国際プロレスとはなんだ?」

伝説となったラッシャー木村のマイク・パフォーマンス 日本プロレスに始まり、東京プロレス、国際プロレス、新日本プロレス、UWF、全日本プロレス、そしてプロレスリング・ノアと、ラッシャー木村は40年間、リングのマットに立ち続けた。そして、最後の別れの時――。弟のように可愛がられてきたアニマル浜口は、木村に渾身の言葉を投げかけた。

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国際プロレスのエース・ラッシャー木村(6)

 1983年4月15日、新日本プロレス福山大会を最後に、ラッシャー木村、寺西勇、アニマル浜口のトリオは解散。浜口が長州力と維新軍を結成すると、寺西も合流。木村はバッドニュース・アレンやアブドーラ・ザ・ブッチャーと共闘するなどして国際軍団にこだわり続け、維新軍の副将・アニマル浜口とも対戦した。

「プロレスラーとしてリングに上がったからには、誰が相手でも気持ちを切り替えて、思い切りぶつかっていくだけでしたが、木村さんとの試合は楽しかったですね。ゴングが鳴ったら木村さんを思い切り叩いて、蹴っ飛ばして、投げ飛ばして。逆に、木村さんからもチョップでバンバン叩かれて。それが快感でした。

 木村さんは以前も話したように、とにかく身体が丈夫だった。我慢強くて、何があっても痛いとは言わない。だから僕も、遠慮なくいかせてもらいました。もしかしたら、木村さんはガンガンやっているようで、どこか抑えていたのかな。それもまた、木村さんらしいですね」