2013.05.12

小橋建太、笑顔の引退。「プロレスは自分の青春でした」

  • 長谷川博一●取材・文 text by Hasegawa Hirokazu
  • 平工幸雄●写真 photo by Hiraku Yukio

試合後は選手ひとりひとりに声をかけ笑顔をみせた小橋建太(左)。右はKENTA 多くの観客を沸かし続けてきたプロレスラー小橋建太がついに引退した。プロレスの取材を始めて、17年。「これがプロレス。―四天王は語る―」などで、小橋建太にもロングインタビューを行なった、長谷川博一氏が過去を振り返りつつ、引退試合の様子をつづる。

 5月11日、小橋建太の引退試合が日本武道館で行なわれた。人、人、人。ぎっしりと詰まった1万7千人の観客、地鳴りのような歓声は、プロレス人気の底力を存分に感じさせるものだった。

 2006年の腎臓ガンの手術を乗り越えた小橋。しかし昨年、頚椎の手術で左腰骨を削って移植した後に骨盤が割れてしまう。主治医は最終的なドクターストップを告げた。古傷の悪化と思わぬ疾病が相次いだここ数年は、相当に厳しい自問自答を繰り返したはず。

 それでも最後の試合の後に僕が感じたものは、巨(おお)きな星がこの世から消えてしまう寂しさとは違っていた。むしろ新しい希望があった。試合後の本人の表情が、まるで憑きものが落ちたかのように柔らかく、清々しさを湛(たた)えていたせいでもあるだろう。

 その25年の現役生活には2度のピークがある。最初は1990年代後半の全日本プロレス四天王時代。続いて2003~2005年プロレスリング・ノアのGHCヘビー級王座を3年に渡って守り抜き、「絶対王者」と呼ばれた時代。最後の選手コールの後、無数に舞った紙テープは半数がオレンジ(全日時代のタイツの色)、半数が紫(現在の黒タイツに入った刺繍の色)だった。ファンも良く知っている。まずそこに泣けた。

 そしてそんな様子を見ていると、過去に小橋と話した色々な思い出がよみがえってきた。取材の場で僕が何度も小橋と会う機会に恵まれたのは、全日本~ノアに移る4年間のあたりだった。