【女子バレー】山本侑奈はスーパーでレジ打ちしながらSVリーグでプレー 同僚やお客さんの応援を胸に戦う (2ページ目)
連帯を深めることで、バレーに没頭していった。
「あまり厳しくはなかったので、『こんなに頑張った』という話はそんなにないんです。同期はみんな仲がよかったので、遠征はみんなでお風呂に入ったり、休みも集まってわちゃわちゃしたり。とにかく、写真をたくさん撮りました! 高校時代は加工の写真アプリが流行っていたので、それぞれでエフェクトをいっぱいつけて(笑)」
【前十字靭帯のケガにも「好きなことをして忘れよう」】
高校でバレーをやめるつもりだったが、"時代に止められた"。
「コロナ禍で、高2の終わりから高3までは時間差での登校になり、あまりバレーもできなくなってしまったんです。インターハイも実施されなかったですしね(春高バレーは県大会の決勝で敗退)。それで、大学でも続けることにしました」
山本には、燃え尽きていない思いが残っていた。
もっとも、桜美林大学でのバレー生活は、本人が「あっという間だけど濃厚でした」と明かすように激動だった。ひとり暮らしをし、ポジションもいろいろ変えた。そして大学3年時には、前十字靭帯をケガする災難に遭っている。治療、リハビリ、復帰まで約1年を要し、翼をもがれたような気分にもなった。
しかし、彼女は不死鳥のごとく羽ばたいた。
「前十字靭帯をケガしてしまった時は、しばらく落ち込んでいました。でも、性格的に落ち込むのは好きじゃない。考え込むとずっと考え続けてしまうので、『家に帰ったら、好きなことをして忘れよう』と決めていました。その時に、よく『ハイキュー!!』を読んだり、アニメで観たりしていましたね。もちろん、映画の『ゴミ捨て場の決戦』も観に行きましたよ!」
山本は明るい声で言う。
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