【女子バレー】三留汐利の原動力は「母です」 クインシーズ刈谷を選んだ理由は地元愛 (2ページ目)
「高校1年の夏まで、自転車で片道50分をかけて学校まで通っていました。家は一宮市にあったんですけど、駅までが遠く、電車を使うほうが遠かったんです。帰りは本当に誰もいない真っ暗な道を通って、家に着くのは夜10時くらいでした。
でも、母が再婚で家を引っ越すタイミングで、学校の近くに住んでくれて。高校を卒業したあとに一宮に戻ったので、それは自分のためだったんです」
【今も愛知で目指す頂】
三留は高校3年時、キャプテンとして春高バレーに出場し、ベスト8まで勝ち進んで母の想いに応えている。そして、全国的には強豪とは言えなかった岐阜協立大学を選んだ理由も興味深い。
「自分のモットーが、"東海地方から日本一"だったんです。関東や関西の強豪大学に行く人も多いのですが、東海でも一番になれるのを証明したくて。大学を選ぶ時も、『東海地方の大学にしか行きません』って監督に伝えていました。関東の大学からもお誘いをいただいておりましたが、お断りさせていただきました」
それも母のためだったのだろう。同じ東海だったら、母も試合を観に行きやすい。
「母はリーグ全試合、毎週土日の全部の試合を観に来てくれました!」
三留は口元を緩めた。大学では、共に戦える仲間も集った。東海では敵なし。全日本大学選手権でも4位になった。
「クインシーズ刈谷を選んだのも、愛知県のチームというのが一番でした。母は、『やりたいと決めたことを頑張りな』と背中を押してくれました。ほかのチームからもお声がけいただきましたが、東海、愛知にこだわってきたので貫き通しました!」
彼女はそう語るが、自らの決断を正解にするしかない。これまでも、彼女はそうやって生きてきた。
「大学時代は関東の強豪に引け目も感じましたが、今はクインシーズで、メンバー全員が自分よりも経験も技術もあるし、『このままじゃダメだな』って思います。でも、夏からチームで練習して、スタートラインには立てたのかなって。今までも周囲のみんながうまい環境でやってきたので、これからもできることを増やしていきたいですね」
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