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宮浦健人が語る「エースの自覚」 そのスパイクが日本代表のファイナル進出を左右する (2ページ目)

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki
  • 能登 直●撮影 photo by Noto Sunao(a presto)

【「そこにある環境で最善を尽くす」】

「自分はどんな時も攻める。それが求められているので、攻めないのはもったいないというか......。自分がミスしても1点だし、相手に決められても1点になるので、そこは攻めるしかない」

 彼は低い声で言うが、その自責の精神は骨の髄まで浸透しているのだろう。

 昨年9月のインタビューで、高校3年生で被災した熊本地震について聞いた時だった。人生観に影響を与えないわけがない出来事だったのだろう。当たり前のように使っていた体育館が一夜にして使えなくなり、他県まで練習に行かせてくれるように周りが支援する気持ちを受け止めながら、同時に勝負とも向き合った。

――バレーとの向き合い方が変わりましたか?

 宮浦は静かな声で訥々と答えている。

「自分が通っていた鎮西高校って、練習時間は長くないんです。各自が自主練習で"自立"という方針で、自主練習はやっていましたが、(地震の後は)その場所もなかなか確保できなくて。鎮西は『エースに託す』というスタイルで、自分が当時はエースだったので"自分がよければ勝てるし、自分が悪かったら負ける"って思っていました。だから、"自分がもっと強くならないと"と、練習ができる環境は限られていても、"やれることはやる"って自分に言い聞かせていました」

 おそらくその経験は、もともとの彼の骨格に肉付けされた。

「(被災当時を振り返って)今となってはって感じですけど......なんだろう......与えられた環境で100%を尽くす、というのを考えてやれるようになったと思います。たとえ不十分であっても、言い訳にしたくはないし、したこともありません。そこにある環境で、自分で考えて最善を尽くす、という思考展開はできるようになったのかなって思います」

 7月17日のアルゼンチン戦で、日本はセットカウント0-2から3-2と大逆転で勝利しているが、宮浦は勝負がかかったスパイクを次々に決めている。チーム最多23得点を記録。もはや、弓矢というよりも大砲が火を噴く激しさだった。

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