2020.10.28

新鍋理沙が大粒の涙。初ワールドカップで
「私のせいで負けたのかも」

  • 中西美雁●取材・文 text by Nakanishi Mikari

女子バレー稀代のオールラウンダー
新鍋理沙が歩んだ道(3)

 元女子バレー日本代表・新鍋理沙のバレー人生を、本人の言葉と共に辿る短期連載。第3回は、初招集された日本代表での「3大大会デビュー」と、ロンドン五輪への出場権をかけた最終予選を振り返る。

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2011年から長く日本代表で活躍した新鍋理沙 photo by Kimura Masashi 久光スプリングス(久光製薬スプリングス)入団2年目、2010―2011シーズンのVリーグで最優秀新人賞を獲得した新鍋理沙は、リーグ終了後に初めて日本代表に選出された。アンダーカテゴリーの代表に選ばれたことがなかった彼女が国際試合デビューを飾ったのは、同年の6月に開催されたモントルーバレーマスターズ(スイス)初戦。イタリア戦でいきなりスタメンを飾った。

「その試合はすごく緊張してミスも多かったんですけど、試合が進むにつれて楽しくなっていきました。変なプレッシャーはなかったです。メンバーには同期の(岩坂)名奈や、狩野(舞子)さんなど同世代の選手が多く、Vリーグの他チームの選手と一緒に戦うのも新鮮だったので。キャプテンの荒木(絵里香)さんも頼もしく、のびのびやることができましたね」

 この大会で活躍した新鍋は代表に定着し、同年11月に日本で行なわれたワールドカップバレーで3大大会(オリンピック、世界選手権、ワールドカップ)デビューを果たす。参加した12カ国中、上位3カ国に入れば翌2012年のロンドン五輪に出場できる大事な大会。新鍋は岩坂と共にチーム最年少(21歳)の「リサ・ナナ」コンビとして、その力を存分に発揮した。

 多くの試合にスタメンで出場し、岩坂は187cmの長身を生かしたブロック、サーブでも健闘。新鍋は攻守でスキルの高さを見せ、当時の絶対エース・木村沙織のサーブレシーブの負担を軽減させる役割も担った。