どん底で引退も考えた土居美咲。復活のきっかけは無名少女とのテニス (2ページ目)

  • 内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki
  • photo by AFLO

「ちょっと休ませてくださいとなって......3週間くらいはラケットを一切、握りませんでした」

 約2カ月ツアーから離れた後、気持ちも新たにふたたび転戦を始めるも、どうにも心技体が噛み合わない。負けが続くと結果を求めて心は逸り、一層、身体の動きを狂わせる。

「なんか......グッチャグチャで負ける。自分でも、何がしたかったんだろうという感じで、そもそもテニスになっていない。自分でも理解できないプレーが続いていました」

 試合をするのが怖い――。2018年の序盤には、コートに向かうことに恐怖を覚えるまでになったという。

「このころは、毎日泣いていました......」

 言いよどみながらも、彼女はポツリと告白した。

 その「どん底」を抜けた契機は?

 そんな安易な問いに対し、彼女は安直な答えを用意はしない。「ま、いろいろありましたけど」の言葉に、自問自答と試行錯誤の苦悩を込めるのみである。

 それでも、「引退を考えたことは?」と問うと、「うーん」と小さくうなった後に、「ありましたよ。4月ごろには考えていたし、両親にも、そう伝えました」と言った。

 その告白を聞いた母親は、娘の身を案じ、単身チェコにいる土居のもとへと駆けつける。だが、そこで母親が目にしたのは、思いのほか楽しそうに練習をする娘の姿だった。

 実はその練習は土居にとって、いつ以来か思い出せぬほど、久々に心からテニスを楽しめた瞬間だったという。練習相手は、大会会場のテニスクラブに所属する14、15歳の少女だった。

 土居は、その選手の名前すら知らない。だが、彼女がどれだけ楽しそうにテニスをしていたかは、今もよく覚えている。そして少女と打ち合う自分が、勝敗も関係なく、純粋にテニスを楽しめていたことを。

「周りのことや勝ち負けも考えず、とりあえず、テニスをしてみてはどうか? 続けるなら、納得いくまでテニスをしてくれればいいよ」

 母親が帰国した後、それまで試合結果やランキングにも言及してきた父親は、ただ、そう伝えてきたという。

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